ふわモフしっぽの妖精コロピィ!
蘭野 裕
第1話 コロピィの話
青空の下、まるで綿菓子のような丸くふわふわしたものが、モコモコ振動しながら動いてゆく。それはしっぽだ。この生き物は、小型の哺乳類をかたどった人形のような、愛くるしい姿をしている。
小さな体のほかの部分全体と同じほど大きなしっぽは、綿菓子そっくりだが歩くにつれて揺れるたびに、ラメをまぶしたようにきらめく。モコモコふわふわキラキラだ。
小さな頭の上にちょこんと並んだ二つの可愛いものはウサギ類の「耳」そっくりだ。草の露か雨粒か、両方の先端に艶やかに光るものがある。顔の正面には大きな「瞳」がウルウルしている。
ときおり淡いピンク色の、あるか無いかの小さな「鼻」をヒクつかせ、一心不乱に歩く。
とうとう何かにひらめいたように、茂みに飛び込む。ざっ、ざっと可愛い前足で地面を掘ると、キノコが見えてきた。この個体の好物のようだ。掘り出して食べるにはもう少し掘らなくてはならない。
空の上から鷲が見ている。大きな丸い綿菓子がぷりぷり揺れるのが目に留まる。わが雛のベッドにぴったり!
鷲の母さん急降下。ガシッとしっぽを鷲掴み。キノコを全然食べぬ間に、空高く持ち上げられた生き物は、ぴぃ! と悲鳴を上げたが、鷲には聞こえていないよう。
じたばたもがくほど余計に爪が食い込む。ぴぃ、ぴぃ、と泣きながら四つ足をばたつかせるうちに、しっぽがブツリ。
「ぴいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
痛みと恐怖に叫びながら真っ逆さま。そこに飛びくる鷲の父さん。ふわふわしっぽを失くしたばかりの生き物は、運良くその背に掴まった。
鷲の父さんが立派な家に帰ると、沢山の雛がいる。トカゲ魔術師とトカゲ召使いに世話されて。
先に着いた母さんも雛たちがモコモコしっぽを気に入ったのを見てご満悦。
父さん、背中に何ある、と体を揺すると生き物がコロリと床に転がった。
トカゲ魔術師が夫妻に話す。
「旦那さま、これはモフェアリーという生き物。奥さま、お子様にお与えになったのは、モフェアリーのしっぽです」
鷲の夫婦、とくに奥さんは驚いた。
「まあ、私ったら、あなたのしっぽしか見えていなくて、痛い目に遭わせてしまったわ。ごめんなさいね」
「私の魔術で怪我を治せますぞ」
トカゲ魔術師がモフェアリーを横たえ、呪文を唱えると、傷がふさがり新しいしっぽが生え始めていた。
「あとは充分に栄養と休息をとらせれば、明日の今頃には元通りです」
夫婦はトカゲ召使いに命じて、果物とやわらかなベッドを支度させる。
モフェアリーが果物を食べていると、雛たちも興味深々集まってきた。
「これがモフェアリー?」
「ボクたちのほうがカワイイよね?」
「ぴ」
「ずっとうちにいるんだよね?」
「名前をつけよう。コロコロしてぴいぴい鳴くからコロピィだ」
「ぴい」
「さて、お坊ちゃまお嬢様がた、お食事ですよ」
「また後でね、コロピィ!」
コロピィは果物を食べ終えて、夫婦と子供たちのいる食卓に近づいた。
匂うぞ匂う。大好きキノコ。
肉に夢中の雛たちは気づかない。
トカゲ召使いはコロピィを叱ろうとしたが、奥さんはそれを制して自分の皿から手付かずのキノコを与えた。
旦那さんとトカゲ魔術師はそれを見ていた。
コロピィは広々としたベッドで、自分の失くしたしっぽに負けないほどふわふわの布団にくるまって眠った。
旦那さんとトカゲ魔術師は何か話し合っていた。
翌朝、コロピィが目を覚ますと、背中にこの上なく心地よいふわふわの感触が。しっぽはほとんど元どおり!
旦那さんもニッコリ。
「おはようコロピィ。これからずっとうちで暮らすんだ」
これには雛たちも大喜び。
トカゲ召使いたちがコロピィのしっぽを丁寧にブラッシング。しっぽの感覚が1日ぶりに戻ったコロピィはそれはそれは気持ち良さそうに、「ぴぃ……」と鳴く。
それから、たっぷりの果物。
食べた後は雛たちに撫でられたりじゃれつかれたり大騒ぎ。
遊び疲れて眠って起きたら、しっぽはすっかり元の大きさに育っていた。トカゲ召使いたちがお目覚めのブラッシング。
充分に発達したしっぽは、ラメをまぶしたような煌めきを放つ。
トカゲ召使いがすてきな服を着せてくれた。すてきなベルトを背中で結ぶ。きれいな籠に乗せ、ていねいに食事用の椅子へと運ばれた。
ごはんの置き台にならぶのは、昨日より数は少ないものの、立派なおいしい果物。そして……
「コロピィ、お前のために特別に用意したよ。気に入ってくれるかな?」
お皿に山と積まれたキノコ。夢中で貪るコロピィに、召使いたちは再びしっぽをブラッシング。やがてウットリ夢心地。
「今だ。頼んだよ」
旦那さんの一声にまかり出たのは、剣持つトカゲ。コロピィはいつの間にかベルトで椅子に括られていた。
背もたれの隙間から引き出された、豊かな丸いしっぽを刃一閃、バッサリと根元から!
鎮痛キノコのおかげで痛みもない。今度は魔術師あらわれた。トカゲ魔術のしっぽ復活術。
うとうと夢心地のままベッドに運ばれるコロピィ。
翌日、しっぽは元通り。
このように、コロピィはしっぽを毎日刈られる代わりに日々の食事と寝床を得た。雛たちと遊び、可愛いがられた。
数日経つと、巷ではモフェアリーのしっぽの乱獲が始まった。
仲間と引き離されるもの、しっぽを乱暴に切り取られるもの、そうして地べたに放り出されるものの悲鳴が、ぴい、ぴいとしばしば聞かれるようになった。
コロピィはあるとき窓から外を見下ろした。今まさに、捕らえられたモフェアリーがもがいているところが視界に入る。
しかし鎮痛キノコの効果でボンヤリした頭では、何が起きているのか分からなかった。
雛たちが巣立つころ、旦那さんはこれまでにコロピィのしっぽを雛たちだけでは使いきれないほど刈り集めていたので、それを売買してひと財産築いていた。
やがて、モフェアリーの乱獲を問題視し、適正な飼育を模索する養モフェアリー家が増えてきた。
鎮痛キノコが需要増によって値上がりしてくるころ、来客がコロピィを一目で気に入った。どんなに世話が焼けても良いからペットにしたいと。
旦那さんはまだ巣立たない末っ子に告げた。
「さびしいだろうが、コロピィは今よりもっと幸せになるんだよ」
こうしてコロピィは、新しい家族と安住の地を得た上に、しっぽ刈りからも解放された。
果物、キノコを毎日たっぷり与えられて。
しっぽに勝るとも劣らない柔らかなベッドはもちろん、家中どこでも居場所にして。
自身のしっぽによりかかって好きなだけ、朝も夜もお昼寝ができる。
コロピィは死ぬまで、あの窓辺で見たものを思い出すこともなく、満ち足りて暮らした。
(第1話 コロピィの話 おしまい)
(第2話へ続く)
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