第18話 国の裏側(3)

「はい。カンパネラ。これを我が家に届けて頂戴。届けたら戻ってきてね」


「……竜を伝書鳩扱いする令嬢は初めて見たぜ」


「なによ、ホーエンハイム。あなた口答えするの?」


「ちぃとくらい嫌味言わせてくれよ」


 カンパネラは私の書いた手紙を、シャターリア家に届けてくれるだろう。

 彼はカメレオンのように自然に溶け込むことができるから、竜だとバレずに届けることができる。


「……じゃあ、血液検査をしながら症状の説明をするわね」


 私はホーエンハイムの家に置いていたマイ白衣を羽織った。

 16歳の時の年齢に合わせているから、12歳の私にはダボダボだけれど、まくれば気にならない。


「それで、患者は?」


「少女。年齢は10歳程度。一年前から痣のようなものを発症。現在はつま先から腰まで真っ黒い痣で染まっているわ」


「ちょっと前の流行り病に似てるな」


「そうね。私もそれを疑ったわ。でも、黒さが少し違ったの。なんだか木や花の枯れ方によく似ていたわ」

「ちなみに、他に外傷は?」


「特になく。傷口はなくて痣だけ。だけれど患者は動けなくなっていたわ」


 こうやって口論を繰り返す。あの症状に似ている。この症状に似ている。

 じゃあ何が効くのか。原因は何なのか。


「患者の兄が、他の医者を当たったらしくて、この薬を渡されたわ。見覚えがあるのだけれど、はっきりとさせたいから意見を頂戴」


 私がもらったのは液体の薬。


 ホーエンハイムの眉間がぴくっと動く。

 嫌な予感はどうやら的中したようだ。


「……ちなみに、これはどこで?」


 ホーエンハイムが言いたいのは、どこでこの薬を拾ったのか、ということだろう。


「城下町の貧民街スラム……貴方の管轄じゃないわよね」

「あたりまえだ……。わかってたらこんなの流行らせるわけない」


 イヴァンが薬として持っていたモノ。

 その液体は、ずっと昔に薬として流行った『水銀』だった。


 『水銀』を医療用に使われていたのは100年程前。

 不老不死の効果があるとか、万能薬だとか言われて、高値で取引をされていた。


 けれど『水銀』には神経を壊す副作用がある。

 病は治ったと見せかけて、身体の奥で燻り、神経をじわじわと侵食していく。

 それが水銀の恐ろしさだ。


 医学をかじっている者ならこれくらい知ってて当然の知識なのに。

 これを高値で売りつけた――それは悪意あっての行動だろう。


「きっついな……。血液反応も最悪だ」


 ホーエンハイムは苦しげな声を上げた。


――汚染が進んでいる。


 原因は水銀だけではない。

 他の流行病や貧困、栄養不足が重なって、酷い症状になってしまった。


 今まで診た患者のどれとも違う、新しい病だった。


「10歳程度なら水銀が身体中を回るのも早いだろう。……言いたくねぇが……」

「……もう永くない、わね」


 ホーエンハイムと私の意見は一致していた。

 できるなら、何か解決をさせてあげたかった。


 流行り病だけなら治ったかもしれない。

 ただ、神経を壊されてしまっていたら、もうどうにも処置ができない。


 その場しのぎの栄養剤を与えて、ちょっとずつ一日一日を生きてもらう。

 けれど、そのうち彼女の身体中を酷い激痛が襲うだろう。


 そうなった時――医学の心得を持つものが勧めるのは、延命するか、治療をやめるか。


 何百年も生きて、助けられない命があるなんて。

 ……本当に私は無力ね。


 自分で自分が嫌になる。


 せめて一人でも多くの人を助けたい。

 でも、医学に犠牲はつきものだ。沢山の屍を積み重ねて、前に進むしか無い。


 100人の患者がいて、100人救えるのなら、それは人や医者ではなく神様だ。


「アーさん、戻りました」


 窓からひょいっと、子竜の姿のカンパネラが戻ってきた。

 カンパネラは人型にまた変化をする。


「……どうかしたんですか?」

「ちょっと、いい結果が出なくて……」


 私は泣きそうになるのを堪えた。


「……えっと、それは水銀ですかね」


 ホーエンハイムの持っている薬――と言う名の毒を見て、カンパネラは即答した。


「わかるの?」

「はい。匂いで」

 カンパネラはハッキリと言い切った。


「もしかして、アーさんはそれで困っているのですか?」

「ええ……治療法が、ないから……」


 泣くな。泣くな私。

 こんなの今まで何度もあったじゃないか。


 割り切れ。

 イヴァンの顔が頭に浮かぶ。サーシャの苦しそうな笑みが浮かぶ。

 私は彼らの思いに答えられない。


 無駄に齢だけ重ねた、ただの人間だから――


 俯く私の目線に合わせるように、カンパネラは床に膝をついて、私の目を見て言った。


「さっきの兄妹の病気の原因が水銀なら、俺、吸い取れますけど」

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竜と『悪役令嬢だった』魔女 六花さくら @sakura_rikka

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