第15話 竜と子の遺し方
カンパネラから猛烈なアピールを受けた後、私は図書館に籠もってあることを調べていた。
――竜の花嫁について。
多くの文献で、豊穣を祈るために、また水害から村を守るために、竜に女性を捧げるという伝承が残っている。
けれど、そのあとが載っていない。
卵生だから、残せないと思うんだけど……でもなんとなく気になって調べてしまっていた。
来の竜、極東の竜。どれも色んな伝承がある。
その中で一番カンパネラに近い竜は……北欧にでるファフニールやニーズヘッグといった竜に酷似している気がする。
「……って、なんで私ったらこんなことを調べてるのよ。もっとやることあるのに……」
私は本を閉じて、外に行った。
図書室を出ると、カンパネラが座って待っていた。
「アーさん、待ってました」
「……ありがとう」
「ちょっとアーさん、顔赤いですよ。熱あるんですか?」
突然ぴたりとカンパネラが私のおでこに自分のおでこを当ててくる。
「……うーん、熱ってわけじゃなさそうですね」
「……う、ぁ……」
こんなにも異性と触れ合ったのは初めてかもしれない。
……あれ? 異性?
――……いいえ。家族よ。
ホーエンハイムにあんなにもはっきりと断言したのに……。
私ったら、とっても愚かだわ。
「アーさん。今日は何をするんですか?」
「ちょっと街にいこうと思ってるわ。シャターリア領は、私の自慢の家族が管理をしているから、領民が貧しい――なんてことはないようにしているつもりよ。でも……他の土地、特に城下町がひどそうだなと思ってね……」
「アーさんはそれを見て、どうするんですか?」
「私は自分にできることをするわ。例えば栄養不足の人がいるなら、食事を与えたり、病に伏せる人がいるなら、薬を与えるわ」
「それをして、アーさんに見返りは?」
「そんなものいらないわ。ノブレス・オブリージュ。貴族は市民のために尽くす義務があるの」
本当ならその頂点に王がいるんだけど。と心のなかで付き足す。
なるべく浮かないように、下町風の女の子の服に着替える。
「アーさんは何を着ても似合いますね」
「……」
ほんと、この竜は。
恥ずかしげもなく甘い言葉を吐いてくるから、びっくりする。
私とカンパネラは、はぐれないように手を取り合って、城下町へと歩いて向かった。
城下町は色鮮やかに表と、清潔な布すら持ち合わせていない裏の人々。くっきりと住居が別れていた。
エドアルトは何も考えていないのかしれない。
王だからといって、全てが言うとおりになるなんてことはない。
ホーエンハイムのカルテを拝借して、彼が往診しきれない遠方の人々の病気を診ることにした。
「……こんな幼い子が来るなんて」
妙齢の女性患者は絶望したような瞳を浮かべていた。
私の姿はまだ12歳。
12歳が医者だったら、不安になるわよね。私は彼――カンパネラが医者という体にさせてもらった。
「私は助手です」
と大法螺をふいて、私の城下町救出作戦は始まった。
「朝と夜にこの薬を飲んでください。お代はいりません。それから食事はなるべく鳥の肝臓など栄養のつくものを食べてください。栄養素が非常に高い食材ですし、鶏なら沢山いますので」
「……あ、ありがとうございます。あの……私の知人で苦しんでいる人がいて……」
「わかりました。その人も診ましょう。ね、先生」
私はカンパネラに視線を送った。
「はい」
カンパネラは意図を汲み取ってくれて、笑顔で答えた。
次の患者はかなりひどかった。
まず傷口。どこかで乱闘にでも巻き込まれたのだろうか。
腕や肋、足が何本も折れている。それに、傷口は化膿してしまっている。
身体中に包帯を巻き付けてあるが――その包帯も清潔ではない。
「カンパネラ、この包帯を煮沸消毒して」
「そんな、火なんておこせません……。薪がないので……」
患者の男性が呟き、起き上がろうとする。
「大丈夫よ。あなたは眠っていて」
私は患者をベッドに戻す。
その裏で、カンパネラが小さく火の息を吐いた。
すると鍋の中にある水が沸騰し始める。そこに洗ったあとの包帯を突っ込む。
その包帯が乾くまで、予め持ってきていた包帯を代わりに巻いた。
腕の骨折や、足の骨折には固定器具を。
なるべく半月は動かないように、と忠告をした。
「しかし、半月も動かねぇと食い扶持がなくなっちまう」
「貯金は?」
「税金に吸い取られたよ」
……酷い話だった。
半月――されど半月。
「医者として、私は動かないように、と忠告を致します。あとはあなたの自由です。家族に支持をするなり、なんなりしてください」
私がそう言うと、男はすんなりと頭を縦に振った。
そうやって、私はできる限り、わかる限りの村人を治していった。
けれど、やっぱり諸悪の根源である王族をどうにかしようとしないと、これは変わらない。
そして、この状況で一番恐れているのは――
国民によるクーデターだ。
国民は王の駒じゃない。人として扱わない王を、国民は王と認めない。
患者たちがぽろっと口に出していたけれど――本当にこの国は負の感情を溜めすぎてる。
「……前の王様の時はまだマシだったのに」
「王様が変われば――って言ったら、殺されるのかなぁ」
とか。
エドアルド、本当に何してるの。
このままだったら本当に起こってしまうわよ。
ある日、夕暮れの近い時間帯に往診は終わった。
やたらと切り傷の多い患者だった。なんだろう。どこかで争ったのだろうか。
患者自身は血の気の多い男性ではなかったけれどーー。
「アーさん、どうぞ」
患者の家を出る時、カンパネラがドアを開けてくれる。
外の空気を吸うと、ほっとする。
そうして油断したすきに、私は何者かに目を塞がれてしまった。
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