第16話 国の裏側(1)

 それは一瞬のことだった。

 目を塞がれ、腹に腕を抱えられてしまった。

 そして軽い浮遊感と、しゅるしゅるしゅる――となにかを巻き上げる。


 油断した。

 ここは屋敷じゃないのだ。

 一歩外でてズドンと刺されることなんて当たり前にある世界だ。



 とんっと、どこかに下り立った音がした。

 私は担がれたままなので、どこにも下り立てない。

 けれど、相手は視界を解放してくれた。


 ここは屋根の上だった。

 先程の家のすぐ上。貧民街が遠くまで見える。


「あんたが噂の魔女様か」


 目の前に立っていたのは青年だった。

 まだ20にも満たない程の見た目で、灰色の髪がざっくばらんに切られている。


 彼は私を品定めするような目で見ていた。


「……魔女?」

 そんなこと、言われたこともなかったわ。


「俺らの間では話題になってるんだよ。ガキが診察をしてくれて、それがピンポイントに当たって回復するって」


「医者は連れの方だけど」

 と私はカンパネラを示す。


「いや。連れは手伝いしかしてないって聞いた。処置も縫合もお前さんがやってるんだってな?」


「……」


 たしかに。

 無理のある設定だったか。


 手術まで大掛かりなことはできないけれど、縫合などを12歳の子どもがこなしていたら、変だと思うわよね。


「それで、何の用? いや、用を話す前に降ろしてちょうだい」


「あぁ、用って言うのは……俺の妹を治してほしいんだ」

「それならこんなややこしい手を使わなくても……」


 と、言った時、後ろから抱きしめられた。

 いつも嗅いでいる優しい香り。そしてそのぬくもり。


「アーさん、大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫よ」


 カンパネラはほっとした表情を浮かべたあと、男を強い目で睨みつけた。


「……何をした?」

「な……なにも……」


 飄々としていた青年が、カンパネラの言葉に言いよどんでいる。

 カンパネラの声は地の底から沸き立つような低い声だった。


「カンパネラ。大丈夫よ?」

「……アーさんがそう言うなら」


「おっかねぇ付き人がいるんだな。……兄さん、そんなヒョロっこい身体でどんだけ力を蓄えてるんだ?」


「…………」


「……へいへい、答えたくないってか」


「えっと、妹さんを見てほしいのよね? 今日? それとも明日? できれば日が沈む前に帰りたいのだけど……」


「今日中に見てほしい。どうすればいいのか、何をすればいいのかがわからないから……」


「わかったわ。じゃあ、あなたと患者の名前を教えて」


「…………」

「何驚いてるの?」


「いや、そんなにあっさりと見てもらえるとは思わなかったからさ。高い金を要求されたりするかと思ってた」


「してほしいならするけれど?」


「……勘弁してくれ。俺の名前はイヴァン、妹の名前はサーシャだ」


「わかったわ。ごめんなさい、カンパネラ、帰りはもう少し遅くなりそうだわ」


「アーさんが決めたのなら、俺はそれに従いますよ」


 そう言って、カンパネラは私をひょいっと抱き上げて、肩の上にのせた。


「か、カンパネラ。恥ずかしいわ」


「いやぁ、大好きなアーさんを他の男に抱っこされたっていうのが、ちょっとイラッとしまして」


 カンパネラは笑顔で言いのけた。

 ……この竜、まさか嫉妬したというの?


 いや、そんな、まさか……ねぇ。

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