第14話 依存と共存
竜である彼ならば、たしかに私の望み通り、長い年月を共に過ごしてくれる。
けれど――
私には強いトラウマがある。
カンパネラは今、『同族』である竜がいないから私の傍にいるんじゃないか。
『同族』の竜のつがいを見つけたら、私なんてあっさり捨てて、どこかに行ってしまうんじゃないか。
そんな嫌な想いが頭をよぎる。
それくらい、私は今日まで裏切られ続けたのだ。
「最初、アーさんはすごく大人な方だと思っていました。でも全然違った。傷つくのを恐れている女の子だったんですね」
「そんな可愛いものじゃないわ」
「可愛いものです。アーさんは。それでも努力し続けて、ずっと望みを抱いて、そんな一途な貴方を俺は好きになりました」
「……好きに……?」
彼の言う好きは、家族としての好きなのか、友としての好きなのか、それとも愛の好きなのか。
正直私には判断がつかなかった。
目の前にいる彼は赤子のように純粋な瞳で私を見つめてくるのだから。
「貴方は自分で作った繭に籠もってる。だから、俺はそれを壊したい。殻破りなら得意ですよ。竜は卵で産まれますからね」
カンパネラは、誰かと別れる寂しさを埋めたいだけ。
きっと、同族を見つけたら、私なんて置いていく。それでいい。それがあるがままの姿だ。
元々種族が違うんだ。
私は人――と言いにくい呪いをかけられていても、あくまで人で。
彼は竜。
埋められない種族間の違いがある。
私はホーエンハイムの言葉を思い出す。
――恋とは、子を残すための錯覚。
私とカンパネラでは子は残せない。
だって私は人間で、哺乳類で、彼は竜で、卵生の動物だからだ。
じゃあ、目の前にいる彼は――どうして私を好いてくれているのだろう。
きっとそれは依存だ。
私が彼に希望を与えてしまった。希望は呪いの裏返し。彼は永遠の命を私と一緒にいることで、一人で過ごさなくていいという……一種の呪いを抱いてしまった。抱えさせてしまった。
「……アーさん。好きです。一緒に生きてください」
期待しない。
これは錯覚だ。
「いいえ。それは無理よ」
「何故?」
「私は竜じゃないから」
「だからなんだっていうんです? 俺は今まで生きてきた108年、人を見ました。言葉を知り、本を読みました。アーさんは俺を子ども扱いするけれど、俺は子どもじゃありません」
「あなたは依存しているだけよ。私の呪いに」
「いいえ。恋をしています。あなたに」
「錯覚よ」
「いいえ。そんな生ぬるいものではありません」
「じゃあ誤解よ」
「そこまで軽い気持ちでもありません」
即答で返ってくる。
あぁ、子どもだと思っていた彼は、こんなにも強く育っていたのか。
何千年も生きる竜の中で、彼はまだ幼い。
けれど、ホーエンハイムよりもずっと長く生きている。
私の知っている人たちの中で、今生きている人たちの中で、一番長く生き、孤独を知っているのは彼だ。
「アーさん。好きです。王子なんかと結婚しないで、俺と共に生きてください」
「……」
彼の眼差しは本気だった。
100年分の想いが詰まっている。
私はその想いに答えるのが――怖い。
でもはっきりとした拒絶をすることができない。それは――私も彼となら生きていいと、少し思っているからかもしれない。
「……保留にしてもいい?」
「ええ。いくらでも待ちますよ。竜の寿命は長いですからね。何年、何十年、何百年でも待ちましょう」
「そ、そんなには待たせないわ」
思っていたよりも、彼は子どもじゃなかった。
今まで王子を好きにならないといけないと思って、ずっとこの国の王子達を愛してきた。
けれど、もういいのかもしれない。
別の存在に目を向けても。
そうしたら、ジークフリードと話す時のように、醜い自分と向き合わなくて済むのかもしれない。
全て想定だけど――
私の中で一つ選択肢が増えた。
1、諦めて死ぬ。
2、王子と結ばれて幸せに生きて死ぬ。
3、王子と結ばれるまで、何度も何度も繰り返す。
4、目の前にいる竜――カンパネラと共に永遠の時を生き続ける。
三択が四択に増えた。
どの選択が正しいものかわからない。
そもそも正しいとはなんなのか。
私は結局、何を幸せだと定義するのか。
永く生きすぎたせいで、盲目になっていた私に、カンパネラは向き合ってくれた。
――……はぁ、嬢さんは残酷で。いつまでも変わらないお人だねぇ
ホーエンハイムの言葉を思い出す。
「アーさん。でも、俺はこれまでよりももっと貴方にアピールをします。あなたに異性として見てもらえるように」
「異生物としては見ているけどもね」
「そんな皮肉も言えないくらい、好きって言わせてみせます」
「わかった。わかったから。私、トイレに行ってくるから!」
そう言って、私は部屋を出た。
「……はぁ~~あ……」
私は部屋から出てため息をつく。
「お嬢様、どうかされました?」
廊下を通りかかったメイドが、驚いた瞳で私を見つめてくる。
「どうもしてないわ」
「でも、顔が真っ赤ですよ」
無自覚だった。
だから、メイドに指摘され、自覚して、恥ずかしくて泣きそうになった。
翌日から私とカンパネラは部屋を分けて寝ることになった。
メイドが察してカンパネラに空いている部屋を用意してくれたのだ。
「今まで通り、竜の姿で籠の中で寝るじゃ駄目なんですか?」
「……だめ」
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