第13話 その竜は弱々しく幼い子どもではなく――

「どうしてアーさんは呪いにかけられたんですか?」


 昼下がりのある日、カンパネラに聞かれた。


「そんな面白い話じゃないわよ?」


「どんな話でもいいです。アーさんにとって辛い話じゃなければ聞きたいです」


 カンパネラは無垢な笑みを浮かべて言う。

 そんな笑顔で聞かれたら、意地悪して答えない――なんてことができない。



 遠い昔のことを思い出す。

 あの日のことは、決して忘れることはないだろう。


 あれは夏だった。

 雲ひとつない空が広がっていて、なんでもできるような、そんな気がして、私は呪いの森に入ってしまった。

 森には蛇がいた。私は喋る蛇に案内されて、森の奥を進んだ。

 そこには、黄金色に光る林檎があって――


「……食べてはいけない実を食べたの」


「それで?」


「それだけよ」

「それだけ!?」


 カンパネラは驚きの声をあげた。


「もっとすごい理由だと思ったの? 王をたぶらかして魔女に呪われたとか、産まれたときのパーティーに魔女を呼ばなかったとか、死んだ人を生き返らせようとしたとか、そういう物語みたいなことだと思っていた?」


「……はい。でも、なんでそれだけで呪われたんですか?」


「駄目なものは、駄目なのよ。私はそれを守れなかった。だから呪われた」


 蛇は言った。

 この呪いは『王子』と結ばれるまで消えない永遠の呪いだと。

 

 呪いが解けるまで、永遠の刻を生きろと。


「それって理不尽じゃないですか?」


規則ルールを破ったのは私自身よ」


「アーさんは物分りが良すぎです。もっとワガママに生きてもいいんじゃないでしょうか」


「あら。私は結構ワガママに生きているつもりよ」


 じゃなきゃ、とうにあきらめて自死を選んでいる。

 私は自分で死ぬ勇気もない、ただの愚か者だ。


 毎回、毎回、一縷の望みを抱いて、愚かに散っていく。


 王子様は私を見ない。

 誰かに掻っ攫われてしまう。


「でも……そうね。できるなら今回はどうにかしたいわ。国がこんなに枯渇してるのは百年ぶりだもの」


 馬鹿王子だと思っていたけれど、本当に馬鹿で愚かで、救いようがない人。

 私は彼を一瞬でも好きになった。


――好きに、なった?


 いや違う。前の時も、その前の時も、私は好きになろうと努力をした。

 好きになったから、結ばれたいんじゃない。

 呪いを解きたいから、好きになった。


 手段と目的が入れ替わってしまっている。


「今回、私はこの国の膿をどうにかするわ。それはあの時、エドアルト王子を止めなかった私の罪でもあるもの。でも、それが終わったら――」


 国が潤って、貧しい人が少なくなって、些細な病で死ぬ人がいなくなったら。


――もういいんじゃないかしら。


「今回が駄目なら、望みは捨てるわ」


 私は、もう――齢を取りすぎた。疲れた。

 噛み合わない歯車に惑わされるのはもう嫌だった。


「……なるほど。なるほど。わかりました」

 くくくっ、と喉を鳴らして笑うカンパネラ。


「何がわかったと言うの?」


「アーさんがとんでもなく乙女思考だってことを。ホーエンハイムさんの言ったとおり、本当に夢見る乙女なんですね」


 そう言って、カンパネラは怪しく笑って、私の手にキスを落とした。

「……死なんてそんなもの選ばせません。いつか言っていた通り、俺はアーさんに幸せに生きてほしい。幸せな最期を迎えてほしい。だから――」


 彼のダイヤモンドの瞳が、私を見つめる。

 純粋で、綺麗で、怪しくて、美しい、彼の瞳が。


 私の目の前に立つ青年は、出会ったばかりの頃の弱々しく小さな竜ではなく――一人の男性として、そこにいた。


「俺がずっと貴方のそばにいます」


 彼が言ってくれた言葉は――私が何百年も求めていた言葉だった。

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