第9話 せめてダンスを踊るひとときを
「……じゃあ、ホーエンハイム。次来た時は貴方の彼女を紹介してね」
「へいへい。あーほんと、嬢さんには敵わんわ」
ホーエンハイムからここ数年分の資料をもらい、私達は彼の家を出た。
そろそろ良い歳だと思ったから、世帯を持っていてもおかしくないから言ったのだけれど
……モテないのかしら。
まぁ、女性の飲み物に睡眠薬盛る医者はモテないわね、きっと。
あの子は昔っからそうだ。油断もすきもない。
小さい頃は『結婚して』なんて可愛いことを言ってくれていたのに。
年々捻くれてってるわね。
可哀想に。だから彼女がいないのよ。
「あ、アーさん、あっちでなんかやってるみたいですよ! 行ってみましょ!」
カンパネラはキラキラとした瞳で街の中心を指差した。
そして今度は私が彼に手を引かれて、人々の盛り上がる場所へ向かった。
そこには異国の衣装をまとった踊り子がいた。
ドラムを叩く男性――彼らも異国の衣装を着ている。
「すごい……」
踊り子は綺麗にタップを刻む。人々は彼女に魅せられている。
「アーさんはあーやって踊らないんですか?」
「ええ。あんなに綺麗なステップなんて踏めないわ」
私は踊り子の動きに魅了されていた。
彼女の動きも綺麗だけれど、衣装が更に魅力を引き出している。」
露出が激しい。おへそも見えている。この雪国であんなに露出したら寒いだろうに。
でも彼女は笑顔で舞い続けている。
「じゃあ、アーさん。手を――」
カンパネラは私から一歩引いて、手を差し出してくれた。
「……?」
私は恐る恐る手をとった。
彼は不器用な私の手を取りながら、ダンスを踏んでくれた。
周りから浮いてしまうかと思ったけれど、よく見たら、いろんな人達が踊り子につられて踊っている。
あぁ、ここでは身分なんて気にしなくて踊れるのね。
社交界とは違う、デタラメなステップ。
それでも――心が踊る。息が荒くなる。顔が熱くなる。
高身長の彼と幼女の私がダンスなんて。
でもカンパネラは、今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべていた。
「こうして、また人と触れ合うことができるなんて――」
彼の言葉の深さを私は悟った。
誰かと別れることの寂しさを、この優しい竜は知っている。
私と同じ傷を負っている。
似た者同士。
でも――まだ彼のほうが純粋で、綺麗だ。
竜だから? それとも私が人で、齢を取りすぎたから?
そんなことを気にしながらステップを踏んでいると、踊り子が私たちの前に立った。
「素敵な小さなレディと、そのジェントルマンに」
彼女は私に花冠を送ってくれた。
クリスマスローズで編まれた綺麗な花冠は、私の小さな頭にすっぽりとおさまった。
「とても似合ってますよ。アーさん」
カンパネラはそう言って、微笑んでくれた。
あぁ、こんなに楽しい思いをしたのは何年ぶりだろう。
「あ」
「なに?」
「アーさんが笑った」
「……そんなに珍しい?」
「はい。俺、アーさんには、ずっと笑っててほしいです。あなたの笑顔は、どんな花よりも可愛らしいから」
ぐぐぐぐっと、胸が熱くなった。
この竜は、ストレートすぎる。素直すぎる。
100年で女性の口説き方を学んだのか、それとも天然なのか。
年下に可愛らしいって言われるなんて……。
急な不意打ちをくらった私は、赤くなった顔を悟られないために、顔を伏せた。
◆
「楽しかったー! アーさんはどうでしたか?」
「私も楽しかったわ」
無邪気なカンパネラに色んな所を連れ回されたけれど、とても楽しかった。たくさんのものを食べて、人々を観察して、おかげで世情がなんとなくわかった。
「アーさん、それにしては顔が怖いですよ。なんか、眉間に皺よってます。皺になりますよ」
「……」
ぽすっと、彼の腰を叩いた。余計なお世話よという意味を込めて。
6年前――私が眠る前よりも、貧困な人が増えている。
街の人々の服装、食べ物の種類、全てにおいて、ランクが下がっている。
『王と王女の浪費』とホーエンハイムは言っていた。
それが本当なら、私はどうにかしたい。
飢餓や、初期に処置していれば治る病気で人を亡くすなんて、あってはならないことだ。
国民を見ていない王と王女。
――その先にあるのは、国の破滅だ。
「アーさんは、お人好しですね」
カンパネラはそう言って笑った。
――なに、皮肉?
そう思ったけど、彼の顔は無邪気で。
悪意があるようには見えなかったから私は黙り込んだ。
きっと言い回しを間違えだけね。
私はこの国で育った。
そしてこの国の侯爵令嬢として、この世情はいただけない。
変えてみせる。
そして、できることなら私を鼻で笑ったエドアルトとソフィアの頬に一発ビンタを食らわせてやりたい
さぁ。
また始めよう。
今度こそ私は王子様と結ばれて、この運命から逃れてやる。
そしてこの国の民を救ってみせる。
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