第8話 竜の生きる時間(2) ホーエンハイム視点

「アーさんはハッピーエンドで死にたいって言ってました。……でも俺は死んでほしくないんですよ。ずっと傍にいてほしい。もう何かを失いたくないのに、どうしても孤独が怖いから、何かと接してしまう。他の竜はどうやって生きてるんでしょうかね。会ったこともないからわかりませんが」


 彼はそう言って、俺の作った薬草ブレンドの薬を飲み干した。

 竜と呼ばれた青年が何を考えているのか、ちゃんと嬢さんの味方かどうか、一対一で話したかったから嬢さんの方には薬を盛ったけれど――


 その必要はなかったようだ。


 目の前の男はマトモだ。だが、竜としては失格だ。


 いや、竜なんてみんなそんなもんなのかもしれない。


 だから文献でしか見たことがないくらい稀少価値の高い生き物なのかもしれない。


「その嬢さんはさ、可哀想なお人なんだよ。ずっとずっと、永遠に夢を見ている。王子と結ばれるためにどんな時も努力をしてるけど……でも、絶対に邪魔が入るんだ。それも呪いの一つかもしんねぇなぁ……」


 前回の嬢さんと結ばれるはずだった男――エドアルト王子は、横恋慕してきた女にまんまととられてしまったらしい。


 嬢さんもそこで粘ればいいのに。


 真っ向から挑んでくじけるくらいなら、色仕掛けをしたり、惚れ薬をしたり、姑息な真似を使えばいいのに。


 長く生きたプライドが邪魔をするのだろう。

 彼女はいつも真正面から挑むから、何度も何度も悲劇を繰り返す。


 でも……そんな彼女だから、俺は惚れたのかもしれない。


 今でも正直言うと好きだ。


 彼女の信念も、想いも、笑みも、おせっかいなところも、全部ひっくるめて大好きだ。

 だけど、俺には彼女の横に立つ資格はない。

 それにどでかい呪いを抱えるほどの器量もない。


 彼女は王子様と結ばれなければいけない。

 それが彼女にかかった呪いを解く、唯一の方法。

 王子でもなんでもないただの一般人の俺には何もしてやれない。


 憧れるくらいが丁度いい。


「俺は自分よりも長く生きてくれる人と一緒にいたいです。一秒でも長く生きてくれる人と過ごしたい。そこに現れたのがアーさんでした。でも、俺の想いは残念ながら、アーさんの幸せに繋がらない」


 青年は苦笑する。

 彼はわかっているのだろう。


 アナスタシアが長く生きることを望んでいないことを。


 儚いからこそ彼女は美しい。

 彼女に惚れたことのある俺だから、痛いほどわかる。


「じゃあ、嬢さんをお前さんが連れまわしてみたらどうだ?」


 ふと、俺は何も考えず、そんなことを口走っていた。


「連れ回す……?」


「あぁ。この嬢さん、長生きなくせに引きこもりでな。長く生きてるのに読書や調薬しかしねぇ。だから、狭い鳥籠から出してやったら、嬢さんの気持ちも変わるかもしんねぇ。まぁ、変わらないかもしんねぇけど」


 単なる思いつきだった。


 俺には彼女と共に生きることはできない。


 俺は単なる人間で、100年も生きられない。

 だから彼女と一緒に過ごそうなんて、残酷な告白はできない。


 でも、この竜なら呪いなんて解かなくても彼女と一緒にいることができる。

 数百年分の彼女の傷を、彼なら一緒に癒してやれるかもしれない。



 だって可哀想じゃねぇか。


 王子と結ばれても愛がないかもしれない。

 彼女のいう幸せとは程遠い、形だけの結婚になるかもしれねぇ。


 そんな最期を迎えるために、彼女は長い時間生きてきたっていうのか?



『この子がお前の息子なのね。……ふふ、坊。こんにちは』



 初めて出会ったときから思っていた。


 好きだと。


 そして、好きな人には幸せになってほしいと。


「……うっ、頭、いた……っ! カンパネラ!」


 嬢さんは頭を抱えながら目覚めた。

 睡眠薬の効果時間は一時間ほど。


 もうそんなに時間が経っていたのか。


 彼女は起きてすぐ、竜の名を呼んだ。


「はい。アーさん。俺はここにいますよ」


「あぁ、よかった。……ホーエンハイム。お前、この子になにかしてないでしょうね? 鱗や髭をとって薬にしようとしたり考えたりしてないでしょうね」


「考えたけど、してはないぜ」


「カンパネラ、大丈夫? この野蛮人に傷つけられてない? ほんとのことを言ってね?」

「大丈夫ですよ。アーさん。ただちょっとお話をしただけです」

「……ほんとにほんと?」

「ええ。はい。ほんとにほんと、です」


 アナスタシアは竜の青年――カンパネラの頬を触ったり、服をめくって傷がないか確認していた。


 確かに俺は医者で研究者だけど……まさか野蛮人だと思われてるとはなぁ……はは。俺の初恋は悲しいナァ。


「まるできょうだいみたいだな、あんたら。弟の世話をやく姉にしか見えねぇ。まぁ姉は幼女のババアだけど」

 俺は二人の関係を見て、正直に思ったことを言った。


「誰がババアよ」

 アナスタシアは左頬にビンタしてきた。ためらいなかった。


 いつまで経っても、この嬢さんに年齢ワードは地雷らしい。


――いつまで経っても彼女は変わらない。


 だからこそ美しく、可哀想だ。


 竜のカンパネラが言ったように、本当に二人の出会いは『偶然』じゃなくて『運命』かもしれない。


 あぁ、俺も青さを思い出しちまった。

 いい加減、初恋を諦めて、早く恋人を作ろうと実感した。

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