第7話 竜の生きる時間(1)(ホーエンハイム視点)


 初めて彼女を見た時、こっ恥ずかしいことに、俺は一目惚れをしてしまった。

 雪のように綺麗な白銀の髪。蒼天のような青い瞳。

 その手は白魚のように細く、彼女の微笑みはどんな花よりも美しかった。


 初めて彼女に会った時、俺は6歳で、彼女は16歳の身体だった。

 最初は冬の妖精かと思った。

『この子がお前の息子なのね。……ふふ、坊。こんにちは』


 嬢さんはそう言って、俺の頭を撫でてくれた。


『おねーさん、きれい。ぼくと結婚して』

 なんて、衝動的に言ってしまったのは俺の黒歴史だ。


『ふふ、ありがとう』

 嬢さんはそう言って、俺の告白を優しく流してくれた。


 そして俺の先代――父に教えられた。彼女は『呪いの娘』だと。

 次に出会った時、彼女は幼くなっていた。そしてまた齢を取り、また幼くなり――

 俺は彼女にかけられている呪いの重みを知り――どうしても彼女を治したいと思った。



 目の前にいる好青年の正体が『竜』だとはねぇ。

 人間ではないことはハッキリわかる。


 俺は医者だ。何人も患者を見てきた。


 だから――目の前にいる男が『竜』だと言われても、なんとなく納得してしまいそうになる。

 しかも連れてきたのは『呪いの娘』と呼ばれた曰く付きの嬢さんだ。


「やっぱりなんか仕込みやがったのか。言っとくけど、この嬢さんはめちゃくちゃ根性悪いぞ? さっきみたいに俺にためらいなくローキック食らわせてくるし……」


 まぁ、旧知の仲だからできるコミュニケーションだけども。


「あ、何も仕込んでないですよ。言い方が悪かったですね。彼女との出会いは偶然なんかじゃなくて、運命だったんです」


 目の前の好青年は、こっ恥ずかしいことをあっさりと言い放った。

 さすが竜。運命なんて恥ずかしい言葉をスラリと言えるとは。俺は思春期に置いてきたぜ。


「ところで、竜っていうのも正直信用してないんだが、本当に竜なのか?」

「ええ。ほら」


 ぽんっと、目の前の青年は小さい竜に変化してみせた。

 そしてまた青年の姿に戻る。


「本当の姿はもう少し大きいんですけど。成ったらこの家が壊れちゃいますので」

「あぁ、もう十分だ。……竜、竜かぁ。初めて見るな」


 正直医者として、彼を診てみたい。

 竜の鱗や髭が薬に使えるかどうか知りたい。

 そんな探究心をぐっと抑える。


「で……なんでその竜が、よりにもよって嬢さんのところにいるんだ? 運命って言ってたけど……」


 俺は煙管を吐く。

 すると、男は寂しそうな目で答えてくれた。


「……犬を飼ったことはありますか?」

「へ?」


 青年の突然の問いかけに、俺は面を食らった。


「あ、猫でもいいです。トカゲでも、なんでも。ペットを飼ったことはありますか?」

「幼い頃に犬を飼ってたなぁ……それがなんだ?」


「その犬が亡くなった時、悲しかったですか?」

「あぁ。随分可愛がったし、兄弟みたいに育った犬だったから……」


「立ち直るのに、時間はかかりましたか?」

「……一年くらいは思い出して泣いたりしたな。今でも視界の端にいるんじゃないかと思うくらい引き摺っている」


 情けないことに。

 ペットロスは深い。精神的にくる。


 医者は外傷を治せても、心の傷は治せない。


「俺は人に育ててもらいました。70年ほど、一緒に過ごしました。でも、生きる時間が違うんですよね。俺はゆっくり齢をとるのに、人間の時はあまりにも短い」


「竜の寿命はうん千年っていうしな……」


 それも言い伝えでしかないけれど。

 竜の年齢に付き合った人間なんて一人もいない。文献だって完全に信じれたもんじゃない。


「俺は今でも家族の死を引き摺っています。……できれば二度と味わいたくない。あんな思いと何度も付き合っていたら、心がおかしくなる。

 俺はたった百年しか生きてないですが、30年の孤独は悲惨でした。自暴自棄になって、野生動物に絡まれて、ボロボロになったところを、アーさんに見つけてもらいました」


 竜の青年はへらっと笑う。道化の笑い方だ。


「最初は治してもらったお礼をしようと思って近づいたんです。でも、彼女の屋敷に通っている時、彼女の身体の秘密を知って――これを運命と云わずしてなんというんでしょうか」


「……嬢さんは不死だからな」


 頭が痛くなる。価値観の違いを感じるが――俺が彼の身になったらと思うと、納得がいく。

 竜はもっと気高い生き物だと思っていた。人の死なんて気にせず、のんびり自分のペースで生きているのだと、そう思っていた。

 けど、彼は知ってしまったのだろう。

 何かと関わることと――他人でも友人でも恋人でも、誰でもいい、誰かを愛することを。


「……俺は、もうひとりになりたくないんですよ」


 そう言った青年は――竜とか人間とか、どうでもよくなるくらい普通の願いをもつ生き物だった。

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