第7話 竜の生きる時間(1)(ホーエンハイム視点)
初めて彼女を見た時、こっ恥ずかしいことに、俺は一目惚れをしてしまった。
雪のように綺麗な白銀の髪。蒼天のような青い瞳。
その手は白魚のように細く、彼女の微笑みはどんな花よりも美しかった。
初めて彼女に会った時、俺は6歳で、彼女は16歳の身体だった。
最初は冬の妖精かと思った。
『この子がお前の息子なのね。……ふふ、坊。こんにちは』
嬢さんはそう言って、俺の頭を撫でてくれた。
『おねーさん、きれい。ぼくと結婚して』
なんて、衝動的に言ってしまったのは俺の黒歴史だ。
『ふふ、ありがとう』
嬢さんはそう言って、俺の告白を優しく流してくれた。
そして俺の先代――父に教えられた。彼女は『呪いの娘』だと。
次に出会った時、彼女は幼くなっていた。そしてまた齢を取り、また幼くなり――
俺は彼女にかけられている呪いの重みを知り――どうしても彼女を治したいと思った。
◆
目の前にいる好青年の正体が『竜』だとはねぇ。
人間ではないことはハッキリわかる。
俺は医者だ。何人も患者を見てきた。
だから――目の前にいる男が『竜』だと言われても、なんとなく納得してしまいそうになる。
しかも連れてきたのは『呪いの娘』と呼ばれた曰く付きの嬢さんだ。
「やっぱりなんか仕込みやがったのか。言っとくけど、この嬢さんはめちゃくちゃ根性悪いぞ? さっきみたいに俺にためらいなくローキック食らわせてくるし……」
まぁ、旧知の仲だからできるコミュニケーションだけども。
「あ、何も仕込んでないですよ。言い方が悪かったですね。彼女との出会いは偶然なんかじゃなくて、運命だったんです」
目の前の好青年は、こっ恥ずかしいことをあっさりと言い放った。
さすが竜。運命なんて恥ずかしい言葉をスラリと言えるとは。俺は思春期に置いてきたぜ。
「ところで、竜っていうのも正直信用してないんだが、本当に竜なのか?」
「ええ。ほら」
ぽんっと、目の前の青年は小さい竜に変化してみせた。
そしてまた青年の姿に戻る。
「本当の姿はもう少し大きいんですけど。成ったらこの家が壊れちゃいますので」
「あぁ、もう十分だ。……竜、竜かぁ。初めて見るな」
正直医者として、彼を診てみたい。
竜の鱗や髭が薬に使えるかどうか知りたい。
そんな探究心をぐっと抑える。
「で……なんでその竜が、よりにもよって嬢さんのところにいるんだ? 運命って言ってたけど……」
俺は煙管を吐く。
すると、男は寂しそうな目で答えてくれた。
「……犬を飼ったことはありますか?」
「へ?」
青年の突然の問いかけに、俺は面を食らった。
「あ、猫でもいいです。トカゲでも、なんでも。ペットを飼ったことはありますか?」
「幼い頃に犬を飼ってたなぁ……それがなんだ?」
「その犬が亡くなった時、悲しかったですか?」
「あぁ。随分可愛がったし、兄弟みたいに育った犬だったから……」
「立ち直るのに、時間はかかりましたか?」
「……一年くらいは思い出して泣いたりしたな。今でも視界の端にいるんじゃないかと思うくらい引き摺っている」
情けないことに。
ペットロスは深い。精神的にくる。
医者は外傷を治せても、心の傷は治せない。
「俺は人に育ててもらいました。70年ほど、一緒に過ごしました。でも、生きる時間が違うんですよね。俺はゆっくり齢をとるのに、人間の時はあまりにも短い」
「竜の寿命はうん千年っていうしな……」
それも言い伝えでしかないけれど。
竜の年齢に付き合った人間なんて一人もいない。文献だって完全に信じれたもんじゃない。
「俺は今でも家族の死を引き摺っています。……できれば二度と味わいたくない。あんな思いと何度も付き合っていたら、心がおかしくなる。
俺はたった百年しか生きてないですが、30年の孤独は悲惨でした。自暴自棄になって、野生動物に絡まれて、ボロボロになったところを、アーさんに見つけてもらいました」
竜の青年はへらっと笑う。道化の笑い方だ。
「最初は治してもらったお礼をしようと思って近づいたんです。でも、彼女の屋敷に通っている時、彼女の身体の秘密を知って――これを運命と云わずしてなんというんでしょうか」
「……嬢さんは不死だからな」
頭が痛くなる。価値観の違いを感じるが――俺が彼の身になったらと思うと、納得がいく。
竜はもっと気高い生き物だと思っていた。人の死なんて気にせず、のんびり自分のペースで生きているのだと、そう思っていた。
けど、彼は知ってしまったのだろう。
何かと関わることと――他人でも友人でも恋人でも、誰でもいい、誰かを愛することを。
「……俺は、もうひとりになりたくないんですよ」
そう言った青年は――竜とか人間とか、どうでもよくなるくらい普通の願いをもつ生き物だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます