第6話 たった6年間の空白と国の衰退


「りゅ、竜? はぁ……また嬢さん、ヤケになって洞窟でも探索してたんかいな?」

 ホーエンハイムは目を丸くして驚いている。

 そして何度も何度も、私とカンパネラを交互に見た。


「いえ、ただ拾っただけよ。6年前に眠る前に」

 私は事実を伝えた。


「拾った? 竜を? そんな偶然あるわけ――」

「……それがあったのよねぇ」


 ふぅ、と息をつく。まずいお茶だけど、シナモンでなんとか味を誤魔化せた。


 お茶を飲みながら、この6年間、彼が研究してきた資料に目を通す。


「あら、緑化症の薬を見つけたのね。これで助かる人たちはいっぱいいるわね。うん……それから……ん、んん?」


 私は疑問に突き当たった。

 いつもよりも資料の数が少ない。


 先祖代々、彼らは私に資料を与えてくれる。

 私はそれで薬草学に興味を持った。

 もしも、永遠に生きるのかもしれないのなら――一人でも多く誰かを救いたいと。


 薬を煎じたら、人の病を治したり、怪我の応急措置ができたりする。

 だから、この数百年でたくさんの知識を頭に入れた。


 ホーエンハイムの一族は私にデータを提供し、私は過去の知識を提供した。

 病気っていうものは不思議なもので、新しい技術ばかりで救えるものではなく、簡単なものの組み合わせで救えたりすることもあるのだ。


 だから『〇〇という病気が流行った』『△△っていう病気の症状と似てるわね』と、情報を照らし合わせることができる。


――というのは名目で。

 人を救いたいなんてのは綺麗事。

 私は数百年の暇を潰したかっただけ。


「ここ数年のデータ、ほとんど症状が飢餓じゃない。それから破傷風とか……早期に薬を処方すれば治る病気ばかり……。ホーエンハイム、お前はちゃんと仕事をしたの?」


「失礼だねぇ。嬢さんは。俺だって医者としてのプライドはちゃんと持っている。嬢さんが眠ったあとから、この国は歪みだしたんだ」


「一体何があったの?」

「まず、不運なことに国王と第一王子が死んだ」

「……もうわかったわ」


 わかった。

 ……その一言だけでわかってしまった。

 鹿

 王位継承権で第二位の男。そしてその横に立つのはあのソフィアという女。


「物資は十分に渡らない。水も高値で取引され、国民はみんなヒィヒィ言ってる。国税も上がって、食べ物もろくにとれないやつがあちこちにいる」


「……何故そこまで酷いことになっているの?」


「王と王女の浪費だな。他国から高額な金品や衣類を取り寄せて、浪費し、足りなくなったら国税を上げる。6年前はまだまともだった。でも、ここ数年でガタがきて、本気で国民は困窮している。でも、王は民のことなんか見ちゃいねぇ」


「……指摘するものはいないの? 王だけの意見がなんでもとおるわけがないわ」

「いたらしいけど、なんだろうな、勝手に消えるらしいぜ。煙みたいに」


 ――恐らく邪魔な意見をするものは消されたのだろう。


 ここ数年の病のデータを見ると本当に酷い。

 載っているのは、医学で救えた人たちばかりなのだ。


「薬草の値段も高騰化してなァ。ありゃ大学か国か、どっかが利権を買い占めてやがる。最近手に入るのも少ないから、ちまちま栽培してはいるけど、やっぱり足りねぇもんは足りねえ」


「……ひどい」


 あの王子、馬鹿になってしまったと思っていたけれど、ここまで救いようのない馬鹿になったなんて。

 少しでも彼に愛情を抱いてた頃があったというのが恥ずかしい。


「……、っ……はぁ……」

 その時、私はようやっと気づいた。

 自分の脳がぼんやりしていることに。思考が停止しそうになる。眠い。


「……ホーエンハイム、あんた、一服盛ったわね」

「嬢さんが味をごまかすからだ。まぁ竜のあんちゃんには全く効いてないみたいだけどな」

「……この子に、手ぇ出したら……承知、しない、か……ら……」


 私は横に倒れた。そこにはカンパネラがいて、私を抱きとめてくれた。

 彼の膝の上で目を瞑る。……少しだけ、会話が聞こえてくる。


「竜って……また嬢さんは面白いものと会うなぁ。なぁ、兄さんは本当に彼女に出会ったのか?」


 ホーエンハイムがカンパネラに突っかかってる。止めないと、と思ってるのに、身体が動かない。


 私は最後の最後の、意識の糸を手放した。


・・・


「そうですね。偶然なんかじゃないですよ」

 カンパネラは笑顔で答えた。

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