第5話 お嬢様と竜と下町
私とカンパネラは歩いて街に向かった。
カンパネラは下町を行こうと言ってくれた。
私もそこに用があったから、頷いた。
「アーさんでも下町に来るんですね」
令嬢はあまり下町に近づかない。
理由は窃盗や強盗、誘拐されてしまう恐れが高いからだ。
けれど、いまの私の横にはカンパネラがいる。
下手な強盗なんか比べ物にならないほど竜という生き物は強い。
「知り合いがいるの」
「その知り合いも不老不死なんですか?」
「いいえ、普通の人よ。何世代もずっと付き合ってるだけ」
私はカンパネラの手を引いてずいずいと前に進む。
その時、屋台が目に入った。ちょうど市場が開かれているらしい。
「…………」
「アーさん、何が食べたいんですか?」
くすくすとカンパネラが笑う。
「……わかった?」
「丸わかりです。アーさん、目がキラキラしてるんですもん。せっかくなんで、好きなだけ食べて、歩きまわりましょう!」
カンパネラはそう言って、握ってない片方の手を出した。
そこから、湯水のように金貨が溢れ出てきた。
「!? ぎ、偽造通貨は利用禁止なんだけど」
「偽造じゃないですよ。竜が魔法で作った金貨はずっと消えないですし、本物です」
「でも、こんなところで金貨を出すと怪しまれるわ。……ちなみに銅貨や銀貨は出せる?」
「もちろん」
じゃらじゃらと、彼の手から銀貨と銅貨が出た。
そうして私はカンパネラと屋台を巡り歩いた。
野菜とお肉の串焼きをまず買った。
「……俺、野菜苦手なんですよね」
「あら。野菜は栄養満点よ。ちゃんと好き嫌いせず食べなさい」
「はーい。アーさんの言う事なら喜んで」
カンパネラはところどころで子供っぽいところがある。
野菜が嫌いだとか、感情を隠さないところとか。
「……あら、おいしい。お肉が柔らかい。じっくりローストされてるのね。……でも、お野菜がちょっと小さいかしら」
「俺にとっては嬉しい限りですけど」
「あ、カンパネラ。あっちに飴細工があるわ」
「アーさん、肉の次に菓子ですか? もう食べるのやめちゃうんですか?」
「ふふふ、カンパネラ。良いことを教えてあげるわ。甘いものとしょっぱいものを交互に食べると……恐ろしい沼にハマるのよ」
成長すると体型にすぐ反映されるから、食べ物はセーブしていた。
けれど今の私は子どもの姿。
だからいくら食べてもしっかり栄養になって、身体の成長に使われる。
いまだけ食べ放題を楽しめるのだ。
そうして私達は色んな屋台を歩いた。焼串も、菓子も、果実も、色んなものを食べ歩いた。
そして、一つ、気づいたことがある。
どれもあまり美味しくない。
形は小さめ。栄養分が足りてないように感じる。
6年前に食べた果実は、もう少し水気が溢れて、甘みが強かった。
そして、砂糖菓子が非常に少ない。
昔はもっとあったから、連れ合いと一緒に甘いもの巡りをしたのに。
「……今年の気候が悪かったのかしら。まぁ……アイツに聞いてみましょ。カンパネラ。行くわよ」
私は彼の手をひいて、前を歩く。
路地を抜けて、細い路地裏に。
「こんな細道をお嬢様が抜けていいんですか?」
「いつもは大回りするんだけど、今日はお前がいるから。何かあったら守ってくれるでしょう?」
「もちろんです!」
ニカっと笑うカンパネラ。本当に、彼の笑顔は太陽のように眩しい。
◆
そして訪れたのは、路地裏の先にある古ぼけた小さな建物だった。
来客用のベルを鳴らす。
すると中からドタバタと物のひっくりかえる音が聞こえてきた。
「こんなばっちぃとこに用があるんですか?」
カンパネラは目を細めて怪訝な表情を浮かべる。
「あら、中はちゃんとしてるのよ。意外と」
「……どーも、おまたせしましー……って、あんたか。またちっこくなって……」
ボロいドアを開けて出てきたのは、フードを被った男だった。
確か今年で20代後半。髪は黒色で、手入れされてないのかボサボサだ。
「お久しぶり。そして相変わらずね。坊」
「もう『坊』って齢じゃないんだけどなぁー。……ところで嬢さん、とうとう彼氏ができたんだ。おめでとう。めっちゃイケメンじゃん。よかったよかった」
「彼氏じゃないわ。付き人よ」
「またそんな素直じゃないことを言って」
「……その口、縫い付けてやるわよ」
私は堂々と彼に言い放った。
カンパネラはキョトンとした表情を浮かべていた。
後できちんと説明しよう。
「入らせてもらっても?」
「もちろん。散らかってますが、嬢さんなら気にしないでしょう。そこの旦那はわかりませんが」
男はニヤッと笑った。
「カンパネラ、入るわよ」
「えぇ……」
どうやらカンパネラは潔癖症らしい。
あんまり中に入りたがらなかったけれど、手を引いたら一緒に入ってくれた。
「おぉ、アーさんの言う通り、ほんとに中は綺麗っすね。本とか散らかってるけど、埃くさくない。でも、なんか変な匂いします」
「鼻が敏感なのね。もし辛かったら鼻をつまんで」
「いや、耐えられないほどじゃないです」
カンパネラはそう言って、部屋中を見渡した。
部屋にはたくさんの瓶と棚が置いてある。
瓶の中には液体や、薬草。棚の中には調合した薬が入っていることを私は知っている。
「それじゃあ、イケメンのお兄さんに自己紹介を。どうも、ホーエンハイムと申します。アナスタシア嬢の元彼です」
私はふざけたことを言う古くからの知人にローキックをおみまいした。
「誰が元彼よ」
「……嬢さん、その姿でローキックはきついぜ。モロにすねに入った……」
ホーエンハイムは足を抱えて蹲っていた。けれど私は無視した。
「彼はホーエンハイム。名前は襲名。先祖代々医者をしているの」
「ほー。お医者さんですか」
「人間専門だけどね。兄さんは……人間じゃないな。なんか混じってんね」
さすが医者。一瞬でカンパネラを人間じゃないと見破った。
ホーエンハイムは煙管を吸いながら、カンパネラを観察する。
「聖獣……? にしては、綺麗な变化すぎる。完璧に人間に化けてるし……聖獣なら人間に化けても身体の一部がどこかに残るし。そもそも聖獣なんておとぎ話でしか聞いたこと無いな。精霊の類か?」
「あら、坊。精霊は信じてるの?」
「……いじわるしなさんなって、嬢さん。教えてくれよ」
「新しい研究と引き換えになら喜んで。この6年で医学は発展したでしょう?」
「はいはい。そんな取引しなくても、嬢さんになら、うちの研究を全部知ってもらっていいって先祖代々で約束してるじゃねーか」
彼はそう言って、6年分の研究データを書庫から取り出してきた。
そして、まずい薬草入りの茶を出してくれた。
「あ、俺、これいけます」
カンパネラはそう言って、ごくごくと薬草入りの茶を呑んだ。
「味覚は問題有りね」
私はその茶に砂糖とシナモンを入れて、香りを誤魔化して呑んだ。
そしてホーエンハイムが椅子に座る。
「で、嬢さん。教えてくれよ。この男は?」
「竜よ」
私がそう言うと、ホーエンハイムは驚いて椅子から転げ落ちた。
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