焦りの色

「...!お前のッッ...お前のせいでッ!奏が...!!!」

浩一の胸ぐらを掴む。

「ああ、全部私のせいだ。その翌日から、妻も、奏もどこかへ去って行った。春の、曇り日だった。」

浩一の身体は酷くダレていた。

「私は、どうすればいい。私は、どうすれば許される?私は、私は」

「許されると思うな!お前は、お前の、お前のせいで...!」

浩一は、許しの言葉を、欲しいだけだった。

自分を、楽にしたいだけだった。

呆れた。それはそれはひどく呆れた。どうしてあんなに優しい奏が、苦しまなければならないのだろうか。

彼女がずっと笑うフリをしていたのは、こいつのせいなんだ。

怒りが沸々と込み上げる。手が出そうになり、逸る思いを抑える。

「奏について、何も知らないんですか。」

「ああ...分からない。本当に...すまなかった。奏...奏...私を...私を許してくれ!私を私私私を!」

浩一は発狂し、地面にへなりと座り込んだ。

もうこいつはどうにもならない。想い出の家を後に、外へ出る。

結局なんの手掛かりも得られなかった。彼女は今どこで何をしているだろう。ピアノは、まだ続けているのだろうか。母がいるなら、辞めさせられているのだろうか。

気持ちは、ずっとモヤモヤしている。

「依頼...こなさくちゃ。」



数日が経ち、僕は依頼された絵を描き、役所に運びに行った。坂の上から描いたこの町の絵。我ながらよく出来たと思う。

「どうですか、市長。」

市長はまじまじと絵を見た後、こう言い放った。

「...申し訳ありませんが、こんな絵じゃお金は払えない。」

返ってきたのは、思いもよらぬ言葉だった。

「なぜ...ですか。僕を騙しているのですか?そうやって絵だけ搾取して、僕に金を払わない。最初からそういう魂胆なんですよね?良いですよ。なら利用されてやりますよ。もうどうだっていい。また描いてきます。今度はもっと良いのを。」

席を立ち、応接室の扉の取っ手を握り開こうとする。

「そなた先生。貴方はなにか、大事なものを探していらっしゃるのですか。」

何故、知っているんだ...?

「何故、そう思うんですか。」

「絵に、焦りの色が見えています。何かを探して、迷っている。そんな風に感じる。落ち着いてください。まだ期間はある。だから是非、息抜きにでもどうですか。」

そう言うと市長は、僕に1枚のチケットを渡した。

「クラシックコンサート...ありがとう...ございます。」

「今夜、ここのシティホールで開かれるんですよ。ピアニストの方、昔はここに住んでらっしゃったそうです。もしかしたら知り合いかもしれませんね。」

ピアノをしていて同じ出身、まさか奏か?

そんな訳ないか、と肩を落とす。

だけど、行ってみる価値はある。


今夜、コンサートに行ってみるか。

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