朱に染まる

「私が妻、いや、元妻、柚葉と出会ったのは、20年前。私の会社のパーティで出会ったんだ。」


社員みんなが煌びやかな顔をしている中、1人だけ、暗い顔をする女性がいた。

長く黒い髪が肩に掛かり、赤いドレスが良く似合う、長身の素敵な女性だった。

「君は確か...柚葉くんだね...?なぜ暗い顔をしているんだい?せっかくの美しさが台無しだよ。パーティさ。もっと盛り上がっていこうよ。ほら、酒でも嗜んで。」

グラスにシャンパンを注ぎ、柚葉に渡す。

「ありがとうございます...でも、私なんかにお構わず。」

「そんなこと出来ないよ。私は社長だ。社員の悩みも聞くのが仕事だよ。ほら、なんでも言ってごらん。」

「その私、実は娘がいて。子育てと仕事の両立が大変で。今日は、保育園に預けてきたけど、お金もそんなに無いし。その癖、ウチの娘ったらピアノがしたいって...本当に...なんで私に似たんだか...。」


「そうだったんだね...なら、ほら。これ、娘さんに使ってあげなさい。10万円、子供用のピアノでも買ってあげて。」

「こんな大金...!ありがとうございます。何をお返ししたらいいか...」


それからもずっと、私は柚葉にお金を渡し続けた。

「いつもありがとうございます...本当。」

「いやいや、いいんだよ。私が好きでやっている事だからな。それより、奏ちゃんに会えるのが楽しみで仕方ないよ。」

「ふふ...奏、凄く可愛いから、惚れないでくださいね。」

「な、何を言っているんだ柚葉くん。私は、柚葉くん一筋だよ...。」

車内、交わるように接吻をする。柚葉の髪から、薔薇のいい匂いがする。窓の外、月が浮かんでいる。

「お客さん方、着きましたよ。」


柚葉の家は、お世辞にも綺麗とは言えない、古いアパートだった。

「ただいま〜奏。」

「おかえりママー!また違う曲弾けるようになったよー!聴いて聴いて!」

そういうと、奏はかえるの歌を弾き始めた。

「もう〜夜はあんまり弾いちゃだめだって言ったじゃないの。よく頑張ったね。奏。本当に上手だね。後、奏に会わせたい人がいるの。」

「こんばんわ。奏ちゃん。」

「こんばん...わ。」

さっきまで笑顔だった奏は、柚葉の後ろに隠れ、顔だけこちらを覗いていた。

「まあ初めて会ったからな。仕方ない。私は、じゃあ帰らせてもらうよ。奏ちゃんにも悪いしね。」

「浩一さん。今日は3人で、ご飯食べましょう?私、作りますから。」

「いいのかい...。」

「奏、いい?」

「...うん。いらっしゃいませ...浩一さん。」

奏は怖がりながらも、笑顔を見せた。

その姿は、まるで天使のようで、白く美しかった。

六畳間、鍋を3人で囲む。

ほとんど外食の私には、その鍋は暖かくて、心が溶けていくような感覚があった。

「美味しいよ、柚葉くん...奏ちゃん。」


「奏ちゃん...寝たかい?」

「うん...ぐっすり...。」


「いつになったら、ピアノを辞めてくれるのかしら...」

柚葉は意外なことを呟いた。

「なんでピアノを辞めさせたいんだい?素敵な事じゃないか。」

「私も、ずっとピアノをしていて。ピアニストになりたくて。でも、夢は叶わなかった。そして今、こんな生活してる。だから、奏にも、私みたいになって欲しくなくて...」


「私がどうこう言える問題じゃないが...柚葉くんが奏ちゃんのピアノを聴く時、本当に幸せそうな顔をしていたよ。本当は、ピアノが好きなんじゃないかね。」

「...そうですけど。分からなくて...。私...。」


「まあ、今は、好きなように、させてあげるのがいいんじゃないかな。」


「そうですね...」


「それじゃあ私は帰るよ。愛してる。柚葉、奏ちゃん。」



それから月日が経ち、16年前、結婚した。柚葉は35歳、私は52歳、奏は、14歳の頃だった。大きな家に引越した。大きなピアノや車、美しい妻に可愛い娘、私は、夢を描いていた。


だが、幸せがずっと続く訳ではなかった。

会社の業績が傾き出した。取引先の倒産、海外企業の参入、少しづつ、業績が下がって行った。

私は日々イラついていた。柚葉にも、奏にも、暴力を振るうようになった。

「私の!上げた!金を!返せ!ほら!働けよ!ほら!」

「ごめんなさい...!ごめんなさい!!」

「毎日毎日!うるさいんだよ!!」

「すみませんでした!すみません...でした。」

家中に広がる悲鳴。広い家に、広がる悲鳴。

あの時の六畳間みたいに、湯気が昇るような幸せは、面影すら残っていなかった。

そんな日々が続いた。


ずっと下がり続ける業績、柚葉の怯えるような目、それら全てにイライラしていた。

そんな時、奏が頭によぎった。奏なら、私を許してくれる。


そして私は、

入浴中の奏を、襲った。


「奏...?私の愛情を...享受してくれ...。」

「やめ、やめてよ...近付かないで!お願い...!!ごめんなさい...許して...。」


そうして私は、大罪を犯した。

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