想い出、拙い声

15年振りのその家は、庭は雑草だらけで、外壁には蔦が生えていた。もう誰も住んでいない様子だった。

錆びた鉄柵の門を押し、中に入る。不法侵入だとか、犯罪だとか、そんな事は頭に全くよぎらなかった。足を雑草がくすぐる。玄関の大きな扉を開ける。軋む音と共に埃がふわりと舞った。


内装は緑にまみれていたが、それは確かに、僕が通い詰めた彼女の家だった。嗚咽が止まらなかった。急いで階段をのぼり、彼女の部屋へ向かう。


中には、埃被ったピアノが残っていた。


「そなた君!右手はもっとリズムを刻むように!」

「そこは黒い所を押して!」

「鍵盤ばかりに集中しないで、楽しむこと!!」


「筆は強く握りすぎないで。」

「奥側の色は水が滲むほど薄くすると綺麗になるよ」

「やっぱり器用だよ!橘花さん。」


薄紅色の春休みがフラッシュバックする。

頭が痛い。嗚咽は止まらない。胸が、苦しい。

あれから、彼女がいなくなってから、春を待つ胸がずっと苦しかった。


ピアノの埃を拭い、椅子に座る。あの頃、ひどく大きく感じたピアノは、今では小さく感じる程であった。

ソ、ド、ミ...うろ覚えのまま、ピアノを弾く。

音が少し変だったが、それでも音色は響いている。

涙が鍵盤に落ちる。指が涙で滑り、上手く弾けない。


窓に差し込む光に照らされながら、僕は小言を吐く。

「橘花...さん...どこに...どこにいるんだよ...何か一言、何も言わずにどこかへ行くなんて...卑怯じゃないか...」

鍵盤に顔を伏せる。涙を袖で拭き取り、部屋の扉を開ける。


「何をしているんだね...?君は...奏の友達...かね?」

扉を開けた先に、見知らぬ老人が立っていた。



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