幸色の並木

彼女に言われた通り、僕はちゃんと人と、自分と向き合うようにした。

思ったよりも良い人ばかりで、なんだか拍子抜けした。

あれからも、僕は毎朝彼女の家へ向かった。

ピアノを弾いている日も弾いてない日も、橘花さんと2人で登校する日々を続けた。

冬を越え、僕らは一学年を終えた。

「ねえ、そなた君は春休み予定ある?」

「特に、無いよ。橘花さんは?」

「私も何も無いの!だからさ、この春休み二人の趣味を交換してみない?」

彼女は、瞳を輝かせながら僕にそう提案する。

「えっと、つまり、僕はピアノを弾いて、君は、絵を描くって事...だよね?...いいね、少し楽しそう。」

「やった!まあ、私の提案拒否させるつもりはとうになかったけどね〜!そう!で、春休み毎日教えあって、最後の一週間は全く顔合わせせずに、学校が始まった日の放課後、披露しあうの!」

「楽しそう...うん、楽しそう...いいね、僕もピアノ触ってみたかったんだ、少し。ていうか...君が、絵かぁ」

ふと、彼女のピアノの絵を思い出し、笑うのを必死に堪える。

「な、何よ!そなた君のピアノめいっぱいバカにしてあげるからな〜!」

こんな他愛ない会話が、幸せだ。

ふと周りを見ると、町の並木が薄紅に染まっていた。

「それじゃあまた明日から、橘花さんのピアノ講座、楽しみにしとくね。僕も絵の鬼教官としてビシバシ鍛えてあげるから、よろしく!」

彼女はは何故だかニヤついている。

「な、なんでそんなにニヤついてるのさ。」

「ふふ、なんだかそなた君よく笑うようになったなーって!笑ってる方が素敵だよ!鬼教官、よろしくお願いします!」

確かに彼女が来てからというもの、僕はすごく変わった気がする。彼女は人を変える。薄紅に染まる並木のように、僕の心は幸色に染まっていた。染められていた。

「全部、橘花さんのおかげだよ。君の明るさとピアノに本当に救われたんだ。ありがとう。じゃあ、明日からよろしく!僕が、橘花さん家に向かうね。バイバイ」

「嬉しいこと言ってくれるねー!バイバイ!」


並木は踊っている。上下左右に揺れて、鼻唄を歌っている。

何よりも綺麗な春休みが、始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る