雨、雫、風、
朝、親が起きる前にパンを焼きながら歯を磨く。
制服に袖を通し、口をゆすぐ。パンが焼ける。天気予報を見て、今日も一日が始まる。
「いってきまあす。」
ドアを開けた瞬間に、「ぼうっ」と吹く風は嫌に冷たかった。季節が変わるのを実感する。
花屋、公園を通り過ぎ、いつもの赤い屋根の家へ向かう。
路地の裏、少し暗い。まだ太陽は完全に出ていない。
赤い屋根の家に辿り着く。
今日も聞こえる。
目を瞑り、音色を聴く。今日は少し、暗い音だ。
ひたすらに聴き入る。ただ、眠るように。
「朝からうるさい!まだピアノを弾いているの!?あんた来年は受験なのよ!そんなのもう辞めてしまいなさい!」
少し暗い音色は、怒鳴り声にピタリと止んでしまう。
どうしてこの音色を止めるのだ。こんなにも美しい音色を。
込み上げる怒りを抑え、少し気まずくなった僕はその場から離れる。
「よく考えてみれば、僕のやっているコレは盗聴か...」
小言を呟き今日も学校へ向かう。
朝から嫌な気分だ。
今日は、彼女が初めて休んだ日だ。
「みなさんおはようございます。もう10月ですね。少し冷えますが、身体を壊さず頑張りましょう。それと、奏さんは本日欠席だそうです。」
隣の席に人がいないのが、何故だか寂しく思う。少し冷えてきたこの季節、一際寒さを感じる。
教室がざわめいている。ただの欠席なのに、袈裟なヤツらだ。
国語、数学、日本史、物理、昼休みを挟んで、英語、地理、数学。
長い一日が終わる。僕は放課後の美術室へ向かう。何故だか溜まる心のわだかまりを放出するために。
気づけば時刻は7時。外は仄暗く、雨が降っていた。
靴を履き替える。手元の傘を放り投げる。
雨、透り、花を、顔を濡らす。
雫、滴り、草露を、眺める。
風、踊り、声が、通らない。
雨、風、空、雲、雨。誰もいない町、目を瞑り、上を向く。
顔に当たる雨、雫、風、それら全てが、僕を作っているかのような、錯覚。
ピアノが流れている。それは比喩ではなく、現にこの耳に聴こえるものだ。
気付けば僕は、赤い屋根の家の前にいた。
雨が降っている。
コンクリートの溶ける匂い。
ピアノは、朝よりも暗鬱な雰囲気を、雨に似た、しとやかな儚さを含んだ音色になっている。
壁にもたれる。傍から見ると、捨て猫のようだろうな、と思い笑う。
雨が音色を覆い被せる。その自然との共鳴が、いっそう僕を奮い立たせる。
目を瞑っている。幸せだ...
雨は止んだのだろうか、僕の身体には一切の雨も降らなくなった。そろそろ帰ろうかと、目を開く。
「何してるの、ここで。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます