転入生

始業のチャイムが鳴る。2ヶ月ぶりの学校のチャイムも、中々良い。

先生が扉を開ける。小太りの老人先生の後ろに1人、見知らぬ女性が着いていっている。

「はいそれじゃあ皆さんお久しぶりです。夏休みはどうでしたか?しっかり勉強しましたか?来年は受験です。しっかり勉強をするように。」

「それと、このクラスに1人、新たな仲間が来てくれました。みんな仲良くするように。それじゃぁ、自己紹介をよろしくね」


「橘花奏(たちばなかなで)です。千道中学校から来ました!今年からよろしくお願いします!アイスと、後アサシカというバンドが大好きです!趣味が合うといいな!」


「はは、元気な子が入ってきましたね。席はそうですね、右の列の一番後ろ、そなたという子の隣に。」


「はーい!」

彼女は少しよそよそしさを残しながら僕の方へ向かって歩いてくる。

「そなたくん、よろしくね!」


ハツラツと挨拶をする転入生の第一印象は、そうだな...

“うるさい”


何日か経つと、転入生はすっかりクラスに馴染んでいた。馴染んでいるどころか、転入生はクラスの人気者になっていた。明らかに、新しい風が吹いているのを感じた。

転入生はずっと笑っている。疲れないものか、と見る度に思う。


美術の授業、僕は描きかけの絵を取り出し、パレット、筆を溶かす。

その度、いつもは話しかけない癖に、こういう時だけぞろぞろ集まりだす。

「上手だね!」

「いつも静かだけど相変わらず色の濃淡凄いな」

「色使いうめ。丘の上にいるオオカミ可愛いー」

「画家やん!」

「芸術だな。この月と夜空が綺麗。」

「オオカミが泣いてるように見えるの凄い!」


何も分かっていない。

僕の描いている”コレ”は、ただ逃避しているだけだ。自らが出せない欲や気持ち、言葉を、筆で殴り付けて、現実から逃げているだけだ。

僕はそれを芸術だとは思わないし、思いたくもない。ただの落書きと何も変わりない。

コイツらは、絵を批評して、気持ちよくなりたいだけなのだ。

僕は今まで、そんな上辺だけの人間だけを見てきた。


「素敵だね。そなたくん。」

転入生が嬉々とした目で僕と絵を交互に見る。

「ありがとう。嬉しいよ。」

空言を重ねる。転入生もアイツら側か。転入生に聞こえぬように小さくため息をつく。


「私、絵苦手で、全然描けないからホントに凄いよ!見てよコレ」

そう言って転入生は僕に絵を見せびらかす。


「この真ん中のは...チョコレート?」


「違うよ!ピアノ〜!どう見てもピアノでしょ!?」

転入生は少し顔を赤くし声を上げる。

ピアノというにはあまりにも平面的で、鍵盤はもはや色が潰れている。右上には妖精...?謎の生き物がいる。

「ご、ごめん...」


「あのね、ここにいるのはピアノの先生で、ピアノはとっても描くのが大変だったんだけどこの丸みを上手く表現できたと思ってて...」

何故か自信満々に絵を語る転入生の姿は、とても可笑しくて、僕は少し微笑む。

「あ、今笑った〜!そなた君、意外と笑うんだね〜」

「な、僕だって笑うよ。ロボットじゃないんだから。それにしても君は、笑いすぎだよ」

「笑うほど人は幸せなんだよ!あと君ってやめてよ!橘花奏!名前で呼んでよ!」

「...橘花さん。」

「よーし!これで私たちは今日から友達だね!これからもよろしく!」

そう言って彼女は僕に手を振り、友達の元に駆けて行った。


何故だろうか。僕は彼女と話していると、あの朝焼けとピアノを思い出す。

...ピアノの絵だったからか。妙に納得できないまま、僕は絵を描き続けた。


絵の具の匂いは、朝焼けの匂いと、似ている。


鼻をスンと鳴らし、目を瞑る。

ピアノが流れている。

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