【完結】月光と少年

うすい

朝焼けと音色

朝。トーストを食べ、てれびを見る。夏休みの宿題、体操服、箸、靴紐を結び、僕はカバンを背負う。

「行ってきます。」


今日も一日が始まる。大人はみんな朝が嫌いらしいが、僕は違う。一日の始まりを、風を、肌で実感している。

家の前の信号を渡る。右手側にはお馴染みの花屋さん、朝から水を上げている。

道路を挟んだ左手側には公園がある。ジョギングをしている人がいる。真っ直ぐ歩く。ひたすら真っ直ぐ。5分程進んだ所で左に曲がる。

が、今日は早めに家を出て、時間があった僕は、いつも行かない道を通ってみることにした。


少し通学路から外れるだけで、雰囲気はとても落ち着いていて、仄かに朝焼けの匂いがした。


この匂いが心地よくて、僕はどんどん通学路から離れていった。

すると、少し先からピアノの音色が聴こえた。それはそれは美しく、どこか儚い音色。そんな音色に惹かれるまま、僕は歩いた。


ピアノの音色が近付いてくる。

そして、ようやく僕はその音色の根源を見つけた。

赤い屋根のまるでお城のような家だ。

とても綺麗なピアノの音色が鮮明に聴こえてくる。


音楽の知識がこれっぽっちもない僕は、この曲が有名なものなのか、それともオリジナルのものなのか、分からなかった。

ただ、朝焼けの匂いと混ざるその音色は、この世で最も美しいもののように思えた。


ピアノの音が止み、ようやく僕は気が付く。

学校に行かなきゃ。足が、重いのを感じる。


校門にはずらりと2つの列ができている。

その列の間を通るのは、とても億劫だった。

あいさつ運動と言って、委員会の人達がみんな朝から校門で生徒を出迎えてくる。気分はさながら王子様、なんて思うはずもなく、僕は俯きながら校門をくぐる。

「おはようございます!」

「おはようございまぁす。」

「おはよぉございます!!」

「おはよぉう」

「おはよございます」

たくさんの声、美しい朝はこの瞬間に途切れてしまう。朝のピアノの音色を必死に頭で反復させる。

頭で反復させながら靴を履き替え、教室へ向かう。階段を上り、教室の扉を開く。朝からガヤガヤと騒がしかった。どうやら転校生がやってくるらしい。あんなに美しい音色があったのに、やっぱりここの喧騒は変わらないのか。と深く落胆した。

この日から、僕の人生はゆっくりと、変わり始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る