#46or51:多事or多難

 どんどんと、現実感は薄れ崩壊していくようであり。それでいて「現実」へとのしかかるようにして接近していくようでもあり。


 これが「意識」なのか。意識の深奥のようなものなのか。分からない。ただひとつ言えるのは、局面の終焉の時が近いということだけ。意識の体に漲るは、確かな「生の鼓動」のようなもの。倒した相手の能力を奪っていくごとに、それは強まってきた。「甦り」……最大の非現実すら、起こりそうな気配。猫耳の真意は分からないまま、ただただ踊らされ続けた先に、やはりそれはあるのか。


 残るは俺を含めて六人。その認識は不思議と感じられている……身体の表層だか深層だかまでは知覚は出来ねえものの。


視界はどこまで行っても白。天も地も無い、一天地六の賽の目では、もはや白黒はつけられそうも無かった。


 「意識の視点」、そんなものがあったらだが、それをふと切った次の瞬間には、目の前三メートルくらいのところに、あとの五人が音も無く現出していた。輪になって宙に浮かんでいる、そんな素っ頓狂なサマにももう慣れた。それよりも天城はどいつだ。


「シンゴさん、やはり残っていらっしゃった」


 相好を崩したのは向かって正面の優男。髪色は黒くなったが、結構な長髪のままだ。一九七二年はフォーク世代? そんな事を思い浮かばせてる場合でも無いか。


「『やはり』ってのは……お前の手の内って意味でそう言ってんの、か?」


 十八とは思えない落ち着いた佇まいだが、これが真の天城。タメであるが何ともどう喋っていいか分からなかったのでガタガタな言葉になってしまうが、それだけは聞いておきたかった。お前がやっぱり首謀、なのか?


「……なるほど、シンゴさんでも完全には分かってはいないと。私はある段階で気づいたんですけどね」


 思わせぶりな返しは、駆け引きのつもりか? 分からない。


「もちろん私が首謀者とか、そんなわけでは決してありませんが」


 その割にはがっつりと仕切ってたがな。今更だぜ。


「どうでもいい言葉遊びはもうおしまいってことでいいか? お前が言い出した『能力の殴り合い』で最後は決着つけるってことで、やらせてもらうぜ」


 風力。取り敢えずこの六人の輪の中で初手として炸裂させるのは頃合いの「力」と思った。圧を高めるイメージを頭の中で施し、それを行使する。激しい、正にの風圧が放射状に俺らの体を押し飛ばしていく。何もない白い空間をバックに、散れ散れに。天城の他の面子は誰かは確定出来なかった。あいら、三島は抜けているので、初期に集合したのはあと日置と鹿屋、出水だろうか。あと一人は誰かは知らんが、もはや関係ねえ。まとめて屠ってやる。


 しかしてどうとも自分の思考……意識は不安定になっている気はするが。いやもう迷うな。が、だった……


「!!」


 身体に感じる見えない力。俺を頭上から押さえつけるかのような力はそうだ。「無重力」が出てきた辺りであるだろうとは思ってた。純粋な「重力」だろう。誰が放ってきているかは分からねえが、やはり的確に俺を狙ってきやがった。俺以外の五人が協力しているような感じは先ほどから受けてはいたが、何で俺だけこうもヘイトを集める?


 動かせない。身体全体が。風力ではどうともならないほどに。くそぅ……白いつるつるとした質感の「地面」に這いつくばらされてのち、天城の気配が俺の頭のほど近くまで迫ってきたのを感じる。


 ここまでなのか。結局は大方の想定通りこの万事にそつないロンゲが持っていくと、そういうことかよ……諦観が身体の表層を電気的な何かのように走り抜けるが。


 その時だった。


「……」


 いきなり何も感じなくなった。押さえつけられていた重力だか圧力だかも、一瞬で無くなったように感じている。何だ? 全てを根っこからキャンセルされたかのような感覚。「能力」に有無を言わせないようなそんな厳然たる力のようなものを感じた。


「ようやくお出ましですか、『首謀者』」


 軽くなった首を上げて、そう静かに言い放った天城の振り向いた先を追い窺う。俺が先ほど吹っ飛ばした中の一人、の人影か? 


「……」


 ゆっくりと、近づいてきている。中空を、それがさも当然かのように歩みを進めつつ。その顔は意識体であろうものの、見覚えがあった。が、いちばんの予想外の人物のそれであったため、俺はいま意識体でありつつ夢でも見ているのかと見まごった。いや夢であってくれという多分な願いを知らず知らずのうちに込めていたのかも知れないが。


「まあ、貴方に見抜かれてしまった時点で破綻は必定でしたから……ニャン」


 猫耳……だった。薄い緑色の制服を身に着けた。何でそんなファミレスの店員のような恰好してんだよ、とか、言葉にも思いにもならないただの音の断片を思い浮かべることしか出来なかった。その、人間の耳にある所という、間違った場所についている猫耳も、ゆっくりと伸ばされた右手指先によって、グレーのボブごと、ウィッグのように取り外されていった。その下から現れた黒髪。そうまでされてやっと俺は気づいた。あるいは、意識の底の底の方で、そう考えることを拒絶していたのかも知れない。


 意識体であるのに、呼吸が荒くなっていく感覚を受け取っている。嘘だろ、何で。


「……今回はなかなかにうまく構成出来たと思ったのですが、なかなか細部まで完璧を創るのは難しい……のですね」


 何かを達観したかの表情は、俺の記憶には無かったものの、その年齢を経ても変わらない穏やかな瞳の輝き、引き込まれる何かを有した軽く結ばれて艶めく口許……おそらくはオーバーサーティーであろう佇まいだが、春日嬢、と呼ぶのがまだまだ全然アリであるところの、妙齢のその女性はまごうことなく、俺の母親と思しき人であったわけで。

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