#45or52:無理or無体

 海岸沿いも沿いの中空を身体ひとつで吹っ飛ばされているという異常状況の中でも、意識はまだ通る。風を切る音の内部にいるというあり得なさの中で、意外なほどの冷静さをもって俺は、


「……あああああああッ!!」


 何も無いはずの「空」を伸ばした右手で掴もうと指を曲げる。いや、何も無いってことは無い。空気。それを掴むことが出来ると、想像イメージしろ。いや、


 創造・・しろ。


 次の瞬間、右掌に確かに摩擦を伴う何らかの触覚。それを逃さないように灼けつく感覚と共に絞り掴む。一点でその場に留まれたものの、まだ身体には「風」の力。あくまで吹っ飛ばしてくるつもりかよ。だが……


 引張り応力……顕現……ッ!!


 使いどころが困難というか皆無と思われた謎の能力をも、


「……ッ」


 使いこなすが、「創造力」の真価なのかも知れない。外力に対する応力。自分の身体を使って。それにて相殺。出来ると思ったら出来る……そういうことだろ? さらに、


 自らをゴムのように。伸ばした反発で飛ばされて来た方向へと、宙を抉り飛ぶ。これもこれでファンタジックなパワー。そしてまさか俺がそんな反撃をしてくるとは思ってなかったような、あいらの目が見開く、その前にその体躯へとクロスした両腕で顔面を庇うような体勢にて突っ込む。衝撃。


 巨体を勢いで吹っ飛ばした、かと思ったら空間にぴしりと亀裂が走って。まるでガラスの破片のように割れ落ちていく。その後ろからは黒のような紫のような、蠢く「無」のような空間。間近で見たことは無いが「宇宙」、のような。


 だいぶイカれてきた。のはこの諸々を司る天城なのか、その後ろに控えているかのような猫耳なのか、それとも俺そのものであるのか。


 意識ははっきりしてるのだが、それが逆に恐ろしい。そして重力を感じづらくなったそんな中でも、この荒唐無稽の「闘い」は留まるところを知らないらしく。


「『そ、それではお次は私が、お、お相手つかまつりますかなっ』……てな感じで。あはは絶対みんな外面と内面は違うと思っていたけどさぁ……君も結構だね、男前。誰かと思ったよぉ」


 背後辺りからそんな軽い声。幼い……? 俺の方を知っている? 誰だ? 水中よりも浮遊感の高い空間の中で、何とか自分の姿勢を整えつつその方へ身体を首をひねり向ける。予想通りの「少年」。賢しげな。襟足がやけに長い妙な髪型をしているが、その細い腕に握られているのは細身の金属バット。こっちは丸腰。いや、能力を発動させろ。


「……ッ!!」


 おそらくだったが、あいらを倒して得ただろうあの「風力」を思い浮かべたら、あっけなく顕現した。突風以上の強い空気の揺れが、真っ向の小さな身体をx軸方向に急速回転させようと蠢き始める。が、


「……この空間も僕の『能力』範囲内なんだよねえ……『無重力』」


 少年が余裕げにのたまった瞬間には、空気のその流れは止まってしまっている。何だっていうんだ、この「世界」は。とか間抜けにも思考も挙動も止めてしまった俺の眼前には既に、手にした得物を両手で振りかぶった小柄な姿があって。


「!!」


 一瞬、狂気に彩られたと見えた幼い顔に重なるようにして、黒縁眼鏡の七三おっさんの顔がカブる。こいつ三島……かよ。お前のギャップがいちばん落差激しいだろーがっ。とか揺らされてる場合でも無い。しかして最上段から振り下ろされる金属の、無風な割には風を切る音が聴こえた瞬間には俺は左手を翳して、何らかの「力」が発現しねえか、そんな曖昧な思考にてまさにの神頼みに任せるほかは無い状況であって。「神」という字面からあの猫耳の悪そうな笑みが浮かんでしまうのだが、果たして。


――「胆力」


 都合よく、目の前にポップアップするようにして現れた活字くらいではもう俺は驚かない。発現したのだろう御都合よく。おそらくはこれも倒したあいらの奴だろう。そこらへんはそれでもう呑み込んでいるから大丈夫。左掌には結構な衝撃を喰らったものの、バットの先はそこで留まり、致命的なところへの着弾は避けられたようだ。だが。


「……『握力』!!」


 技名のように三島が鋭く言い放った言葉と共に、掌に捩じ切られるような感覚、の次の瞬間には俺の身体がまた綺麗に横回転をカマされてしまうという、デジャヴ感の強い状況に陥らさせられており。


 体勢を中空で立て直そうと身体を丸め込もうとした判断が仇となったか、無防備な背中に小さな身体が貼りつく気配を感じた。俺の背中の真ん中あたりに、ちいさな両膝が揃えてあてがわれると共に、とんでもない握力で俺の両手首も同時に保持されていて、そして、


「そして必殺!! 背!! 筋!! 力!!」


 いちばんのクソ能力と思っていたそれが、確かなフェイバリットホールド感をもってして、俺の背骨を逆アーチ状にひん曲げようとしてきやがるよこいつぁヤバい……


 考えろ、この窮地を脱することの出来る「能力」を……無い……か! いや、無ければ無いで、


「!!」


 創り出せばいい。だろシンゴ?


「『引張り応力』最大顕現……ッ!!」


 気合いを乗せるため、俺もタメを利かせた技名を詠唱しつつ、自分の身体を、最大限まで伸び切った硬質なゴムが一気に収縮していくくらいの勢いで縮こごめていく。極めていたはずの三島の身体が逆に無防備に広がる。慌てたような呼吸が耳元で聴こえたかと思ったら、俺らを包む「無重力」が何でか緩んだ感覚を受け取った。ここだ。


「おおおおおおおッ!! 『ビューティホープレィンプラトーニック=ドラゴンロードバスター』ぁぁぁぁぁッ!!」


 創造力は、気合いでノって輝く。その確かな感触を感じつつ、ええぇ……という腐った小声を放ちつつ固まる三島の四肢を固定しつつ、重力が戻ってきた空間にて、先の見えない暗闇の底をそこと決めて、落下していく。創造力は無限大……ッ!!


 激しい落下衝撃。を固められた全身に喰らってぐへという呻き声が響いた時には、黒い闇空間は、突風で切り払われた霧のように正に霧散していたわけで。


 目の前に広がるは、真っ白な、何もない大空間。いや、空間と認識していいのかも分からない。


 「無」のようなものだったわけで。

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