#44or53:有害or無益

 風。突発。


 そこまで思考とも言えないことを頭に思い浮かべたところで口に入った砂の異物感にすべてをかっさらわれる。知覚がリアル、の割に事象はアンリアル。風に背を押されて歩みが止まらない、とか、もっとレアだがビルの狭間で傘ごと身体を浮かせられた、とか、そういった経験はあったが、こんなに圧倒的な「力」を呈した風を感じたことは無かった。


 が、今までが今までであったがゆえの奇妙な平常心のようなものを既に発揮させていた俺は、そこまで面食らうまでもなく、「力」が行使されてきたと思しき方角へ顔を向ける。ようやく起こせた上体から伸びる突っ張った両手は砂に擦り付けたままの冴えない体勢ではあったものの。


「……何だろね? 何がやりたいんだろうね? 天城さん、ないしはあの猫神さまはね?」


 歌うような口調は、あいらか。彼我距離十メートルくらい。接近を感知することは出来なかった。薄茶色のブレザーのポケットに両手を突っ込んだまま、ゆらり、というような文字が浮かび上がりそうなほどにゆらりと、砂浜をローファーでにじり潰しているように左右に振れながら佇んでいる。


「状況の把握が素早いんだな随分……その上で忖度なくいきなり攻撃に移れるとか、やっぱあの最初の会合に集まった奴は要注意だってことかよ」


 とにかく立て直す時間が欲しかった。のでそんな軽口を叩いてみるものの、続けざまであの「風」が行使されたのなら、今度こそ舌を噛みちぎるか頸椎をやられてしまうか、そんな気がした。と、


「シンゴ……だよね。なんかイメージと違っててウケるー、ってか私が言えることでもないかっていうか、よく私って分かったねー?」


 そうか、今お互い見えている姿は、意識体に即したもの……つまりは「元の自分」ってことになる。のか? あまり意識してなかった。あいらと認識していたが、確かに今まで対していた彼女の姿とはかなりかけ離れている。ふくよか、という表現を使うとかえって失礼になりそうだが、まあかなりの貫禄だ。目測百キロくらいありそうだな。安定感があって「風」を自分の至近で使ってもブレなさそう……


「俺自身は、何でか分からないが宿主と切り離された意識だった。だから実際に『見て』は無かったのかも知れない。それよりももう何か話し合いとかは無しなんだな? 『能力』とやらを撃ち合って白黒つけるほかは無いんだな?」


 肚くくって動けるようになるまではまだ時間がかかりそうだった。相対するあいらはそれを見通してかどうか、ご名答、という単語で返答に区切りをつけると、その豊かな体躯の周りに砂塵のようなものを纏わせてきやがった。いや、砂が舞ってるのは付随的なことだ。「風」……この意識世界の中でこそ使えるのだろう、ファンタジックスキルの威力は先ほどこの五感がちゃんとある「身体」にて刻み込まされている。距離を、取れ。


「……ッ!!」


 が、やはり躊躇も逡巡もねえ。空気のうねりを肌が感じたと思った瞬間には今度は身体は横回転……側転をするかのように捩じり振り回されていたわけで。自在だなこいつぁ……首および頭部を反射的に守ろうと両腕をそこに巻き付けたが、代わりに受け身は取れずにまた砂を噛まされることになる。


 「決着をつける」……天城の言(たぶん)だが、それはこういう疑似物理殴り合いによるものになるんだな……何となく野郎の求めているものとは頭脳戦めいた何かと思っていたが、まあこの方が諸々分かりやすいかもだよな……終盤が差し迫ったから流石のあいつも問答無用さを尊重したんだろうな相変わらず柔軟だねえ……


 とかのしょうもない思考が、てめえの「意識」の「身体」に蔓延しそうになったところで、


 ……俺にもあるはずだろ、「能力」が。


 今まで曖昧で分かってなかったそれを振りかざすのは、今だ。こういう時にとぼけた感じで核心を無駄に露骨に掘り下げてくれる相棒は、もう傍にはいないけれど。


 それでもあの丸顔の思考を、考え方を踏襲することは、トレースすることは出来る、はず。


――何をしていいか分からない時はさ、とりあえず片っ端から試してみちゃうっていうのが、割といいんじゃあないかな? どうせ失うものなんて無いし、無かったわけだし。


 いや、忠実に再現しようと試みるとそれはそれでムカつくな……が、言ってることは正論だ。俺にとっても失うものなんて何もねえ。全張りだ。生命の、人生の。そんな大したものでもねえか。


「『竜象之力』……ッ!! 顕現……しろァッ!!」


 自分でも思ったより昂ってしまった。俺に授けられているらしき力は三つ。「創造力」「引張り応力」そしていま猛り叫んだ「竜象之力」。いちばん攻撃力の高そうなものを選んでみた。その能力の効果も知らないままなので、まあそこ汲んで忖度してくれとの打算も込みで。果たして。


「……ッ!?」


 この上なく意識は冴えわたった、気がした。が、それだけだった。慌てつつもリアクト取れないままの真顔で手元の「レター」を確認してみる。そこには、


<『竜象』とは……徳の高い賢者や僧侶の意>


 おお。おおそうなんだな。で?


 次の瞬間、喰らった「風」の召すまま俺の身体は錐もみをするように宙を穿つが如くに射出されていたのだが。んんんん……詰んだ? というか死んだ? か?

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