#43or54:驚天or動地
いきなりだが、鉄火場に放り込まれている。
シンゴ絡みのわやくちゃすったもんだに、だいぶ尺を取られたと感じたのも束の間、先の約束通り、ほぼほぼ「俺」にこの丸顔ボディの操縦権のようなものが委託されたまでは良かったものの、久方ぶりの「実体感」のようなものに数日は慣れなく何もないところですっころんだりと往生こいていたそんな中で、本筋の「対局」が催されたまでは良かったのだが。
七月十二日。第三局開催の日。場所は今までと同じく秋葉原。神田明神通りから一本入った例のビルであったのだが。細則で最早がんじがらめになった「サイコロ勝負」に、もうこうなったら真っ向から挑むほかは無えと、達観なのか諦めなのか自分でも分からない感情のまま肚を決めて臨んだ、のだったが……
「……せっかく『能力』が各々得られてきているのですから、それを利用しない手はないかと」
相変わらずの仕切りで、天城がそうのたまったところまではまあ良かった。場に集いしは勝ち抜いてきた二十四名。それぞれに三つずつ、「能力」とやらは宿っているはず。が、いまいちそれを使ってきたという実感が無いものであり、その真偽とか利用法を探っておくのもまあ有用かとか思ってしまった。
思わされてしまったのかも知れない。こいつのそういう話術みたいのは本当に本能レベルで抗いがたいものであるわけで。これが「能力」なのか? ひとまず現況を確認しますねとか言いつつ全員持ってた例の猫耳からの「レター」を呈示させられた、その、
刹那、だった……
フラッシュバックという奴だろうか、意識体としての俺の「自我」みたいなものが、記憶の断片のようなものに押し寄せられてざぶと浸かったかと思った瞬間、
「……」
海岸、だろうか。潮のにおいと尾を引く波の引く音。曇り切った冴えない砂浜に、いきなり俺は立っていたわけで。
天城発の何らかのトラップであろうことはすぐに察した。罠と言うと語弊があるか。あいつは「楽しむ」ことに主眼を置いているふしがある。そのための下準備的なものなんだろう。だが、この身体に感じる五感のリアルさは何だ? 夜明け前なのか夕暮れが迫りつつあるのかは分からないが、うつろな空と海とその境目。潮騒という表現が当てはまるかは分からないが左右にどこまでも広がるかのようなサラウンドを有する波音。鼻が既に慣れてんのか、それでも鼻腔の奥っかわにこびりつくように呼吸と共に感じる磯の香り。失ったはずの身体全面にいま感じている少し肌を粟立たせるほどの冷たさを持った風の触感……意識体の時とは、そしてシンゴの身体に完全に乗り移っていた時とも違う、「リアル感」。
振り返るとすぐをヘッドライトが通過する。そしてその奥に連なるコンクリートの建物群。温泉街、か? 日本の。意識がやけにはっきりしちまっている。から俺はもうこれ甦ったんじゃねえかとか、割と最近陥りやすくなった楽観思考に委ねようとしてしまったりもするが。
違和感。
それはとりあえずここは日本のどこらへんなんだ、と辺りを見渡して分かりやすいランドマークでも鎮座していねえかと注視した、その時に感じた。
境目、みたいなのがある。
旅館的な建屋が連なる向かって左方向、斜面になっている一キロ先くらいのところが、綺麗に垂直に切れ目が入ったかのようにそこで、
途絶えていた。そこから先は、しかしまた別の石造りの建物のようなものが半分くらい、何事も無いように断面同士をくっついているという、気づいてしまうと強烈な違和感、というか気持ち悪さ。ブツ切りにした空間が丁寧に、だが無秩序にくっつけ並べられているような……
夢、か?
どこかしらその様態は、覚醒間近のまどろみの中で展開する荒唐無稽な時空間に似ていたからそう思わされた。が、リアルに過ぎる。もっともそう思わされているだけかも知れねえが。リアル過ぎる夢、無くはない。
「……」
いやいつまで楽観に落ち着いてやがるんだ俺は。天城が噛んでたんだからこれは現実だ。どんなにあり得ないと思わされようと、俺らにとっての真実と、そういうことになるはずだ。そこをまず腹の底の底に落とし込んどけ。そして、であれば、
差し当たって何をすればいい? 何をしなければいけない? 思いついて自分の身体のそこかしこをまさぐる。実体……ちゃんとした身体のある感覚。触ってる掌も、触られている胸腹腰も。と、
パーカーにジーンズと、言うてありがちなので何もそこから情報は読み取れることは無かった格好をしていた俺だが、ポケットには既視感のある紙ぺらの感覚……「レター」だ。
<『出力』。それが私に最初に与えられていた『能力』でした>
びっしりと連なる活字は唐突にそんな出だしで始まっていたが、誰の言葉かは言うまでもなかった。
<そして『親和力』。このふたつを有した時、私に天啓が訪れたのです。すなわち、『意識体の世界を皆で共有しつつ構築できる』と>
読み進めていっても皆目腑に落ちる点は無かったものの、字面だけでもいいから理解しろ、把握するんだ。実体ではやはり無い。意識体のままで、それが錯覚するような「世界」をただ、出来のいいVRのように与えられているだけだ。そういうことなんだろう?
<さあ、もういつまでも長引かせても詮無い話です。今この時この場で決着をつけましょう……二十四人の中の、ひとりになるまで>
そこまで読んだところで、先ほどからずっと身体に吹き付けていた風の質が変わったのを、確かに、まるで実体があるように感じた。いや、かつてこれほどまでの強さの風圧を、体感したことは無かったが。
「……!!」
次の瞬間、信じられないほど容易に、「身体が縦回転する」というベクトルを与えられたかと思うやいなや、俺はなすすべもなく砂浜に頭から突っ込まされていたわけで。
野郎……もう始まってるってわけかよ。
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