#47or50:右顧or左眄
解せないことだらけだぜ、けど全然まだ崩せる。論破できる。こいつは勝負だ。相手をねじ伏せるための。であれば負けるわけにはいかねえ。こういう勝負をいつも物にしてきた人生だっただろ?
人生、だったんだろうか……?
記憶、それはある。「美ヶ原高原 竜道」として生きてきた十八年間、それは確かにある。だがこの違和感……何だ? そして春日嬢が何故カラむ? 「首謀」? 天城じゃねえんだぞ。
「創り込み過ぎて、出来過ぎてしまう……そこから綻んだのかも知れませんね、あるいは私を動かし過ぎた、体よく手駒として動かし過ぎた」
その当のロンゲからの言葉の意味はもはや理解できない。バグってやがるのか? だったらお前を論破して九十六人の頂点に立ってやるよ。
「もう……潮時なのかも知れませんね……」
しかして、春日嬢の達観以上の何かを含んだ声色に、俺の全神経は引っ張られるかのようにしてその場に無言無音で留めさせられてしまうのであって。
「お前らを……倒せば、俺は……甦る……んだろ? やって……やるよ」
喉に貼り付くような言葉を何とか吐き出してみても、真っ白い空間に虚ろに響くだけだった。こちらを見下ろして来たのは、まるで一人の人間を見る目では無かった。興味に裏打ちされた空虚な目つき。まるで「情報」を読み取るかのような。……「情報」?
「もう一度、試行をやり直す、その意志はありますか?」
天城の問いかける声も、もはやただの音声の連なり、言葉の羅列にしか聴こえない。ただその言葉に応じたような、春日嬢の、裏にどれくらいの感情が潜んでいるかも掴ませてこないような、あの微笑だけが目に映った。
そして、
「ありがとう、天城クン。でもこれで四千三百回目の試行……実験。いい頃合いなのかも……諦めどきっていうのも……ね。あるんじゃないかって。ここまで引っ張っておいてなんだけれど」
わかったぞ……お前は偽物……だ。全部が全部……これは俺の見ていた夢か何かの類いなんだ……ろ?
膝から下の意識体の細胞……のような細かな集合体がいま、根こそぎそれらの繋がりを解いて崩れ落ちていくように、俺は感じている。だがまだだ。脚は動かなくとも、這ってでも。
「もういいのよ、竜道。今まで何度も、何百何千もの『思考の試行』を、最善の選択肢を選び取ってくれてありがとう。やっぱり私がシンゴさんと幸福な未来を創り上げるなんて妄想、無理があった」
何を言ってるんだよ。お前は……だから誰なんだ。
――キミという存在を創ってしまうと、そこからの未来が続かなくなってしまう。でもキミ無しではそこに至るまでが描けない。
天城の姿はもう掻き消えているのに、その言葉だけはやけにクリアに聴こえた。「創られた」……?
「一九九六年、交通事故に遭ったのは私です……シンゴさんと婚約したその日に、私は。そして一命は取りとめたものの重度の昏睡状態に……『今』も陥っています」
「今」。今っていつだ?
「二〇〇八年。十二年の年月が経っても、私は目覚めないままでいます。そしてその……延命医療の費用を出してくれているのが、シンゴさん……なんです……決して安くは無い額を毎月毎月……」
初めて、春日嬢の顔が歪んで、その瞳から雫が滴ったのを、目で見るのではなく感じた。
――無論、馬券が何だというのは、彼女の罪悪感を薄めるために、キミが創り出し、そして見せた『可能性』だ。ハーレム、それもそう。本当はシンゴ氏は春日昴のことしか見えていない。何度膨大な世界を構築しなおし、何度試行してもそうなんだ。だから納得できないまま、彼女は成仏できない霊魂のように、自らの身体に棲みついたままでいる。
「そんな、世迷言に騙される俺じゃあ……ねえぞ? 俺の存在は……否定できないはずだっ」
しがみつきたかった。霊魂になったのはあくまで俺であり、まがりなりにも親父とおふくろは幸福だったという事象を信じていたかった。
――キミが、キミこそが本当のシンゴ氏をトレースして創られた存在さ。あの丸顔の青年の像を創ったのは、キミ。
丸め込まれるな。論破……論破できる突破口は。
「……」
……無さそうだった。
「もうこれ以上、シンゴさんを私という呪縛に絡めとっておくのもね……どうあがいても私は目覚めない。私の底の底はそう願っているのかもだけれど。シンゴさんにそぐうような女じゃあないってことも、その底で分かってはいるんだ……」
全ては、春日昴が昏睡した脳内で創り上げたインナースペースだったとでも言うのかよ。仮想の「九十六年」に集められた九十六の人格……そう正にの人格たち。カリカチュアライズ的に創り上げられた人格。それらを戦わせて、最善の選択肢を探る。そして喪われた「自分」という断片をもう一度つなぎ合わせて甦る……黄泉の淵から還る、目覚める、そのために……
納得させられそうになっている、場合でも無い。考えすぎだよ、昴、キミは。
「馬鹿じゃ……ねえのか?」
殊更に小馬鹿にした感じで、嘲笑と悪意を込めてそう言い放ってやる。そんな風な感情を突き立てていないと、身体全体を呑み込むようにして流れ始めた奔流のようなものに、意識をかっさらわれそうだった。はっとした感じでこちらを見る涙に濡れた顔。本当に、キミは。
「うだうだ煮詰まってどうにかしようとか考えてたみてえだけどよ……『考える』っつうのがそもそもの袋小路の入り口だってことに気づけよ……!! 考えて答えが出ないんだったら、考えないんだよ、
賽が振られたのならば、もう出来ることは限られている。だがその賽を振るという行為が、それを為そうとする意志こそが、
「……」
大事だってことを、オレもアイツも示していただろ? 示せていなかったか?
「
貫け。キミがオレを十二年もの間、逐一トレースしてくれていたおかげで、キミを貫ける言葉を放てたはず。そしてこの今の俺の思考が確かならば、
「……」
きっと大丈夫なはず。そして
「……ッ!!」
奥の奥の、底の底まで沈みきってやる。
涙でぐしゃぐしゃになった顔が、何かを叫んだように見えた。その瞬間には、
俺は。
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