#38or59:明々or白々

 果たしてそれは得なのか損なのか? 五百を出して四百がバックされるのなら、差し引き百万のマイナス、と思えるが、実際は五百のマイナス。しかして【5】に続いて【4】を単独で通すことが可能……「優勝」へと繋がる大きな一歩だ。一位賞金二千万のことを考えると些末。手札没収のリスクを鑑みると、ギリギリ通る提案なのかも知れねえが。


 協議相手の灰炉は【5】を通していて【1】を没収されている状態。図らずも春日嬢と同じ状態、さらに三ターン目の出し札が【4】と被った。いや、こちらは洞渡の「権利行使」によって意図せず出させられたわけだが。


 ここで協議を下りたとする。さっき思った通り、【2】【6】を三人で奪い合い。【2】没収覚悟であれば? ここでの五百万プラスは相当だ。合計一千万。何ならカネ掴んだ足でバックれればいいとか考えてしまえば? 【2】でも【6】でも躊躇なく出すだろう。


 そういった、充分なカネだけ掴めば後はどうでもいい、という考えの輩が出てきても何らおかしくはないか。であれば、灰炉がそういった思考であれば。


「乗ろう、一応、私の【4】の札はここに置かせてもらう」


 あっさり首肯、やっぱりか。公平性を装ってそんなまっとうそうな事を言い出すが、割と計算高かったのかも知れない、この野武士然とした女子は。まあそれでもいい。そうなったら確実に「花嫁候補」から外れる。「俺」の選別というものも考えなくてはいけない俺としては歓迎と言えなくもない。無論、この勝負の勝者が選ばれるとも限らないのだが。


 何となく、勝たなければ座りが悪い気がした。そんな曖昧さ、だが厳然とある思考。俺のルーツにも関わる問題。何より、このワケ分からねえ勝負の主催者に無様なサマを見せたくはないという、脊椎辺りに感じるむずがゆさ、といったらいいだろうか。自分でも良くは分からない。もっとも、今自分の意志で戦ってるのは言うまでも無く春日嬢なのだが。


「……」


 一瞬だけ、そのテーブルの上に置かれた細い右人差し指に、小さくなってしまった手で触れてみる。何もリアクションは無い。ダメか。俺は徹頭徹尾、傍観者なのか。と、


「……」


 その指が、一往復だけ、左右にリズムを取るように振れた。慌てて春日嬢の顔を見上げる俺だが、そこには例の微笑があるばかりで視線すらこちらには向けられていない。


 だが、分かった。俺の存在が分かっているという事を。周りをずっと観察していたが、他の嬢たちは自分に付いている「意識体」の存在は意識していないようだ。そう振る舞っているだけかも知れないが、少なくとも意識した行動は取っていない。


 春日嬢と違って。


 どう取ったらいい? どう受け取ったら? そして何で。思わせぶりな素振りを見せたそれっきり、また微笑だけの状態に戻ってしまったが。


 三ターン目は終了。確定四人。協議落ちの三人はガチの【2】【6】勝負となったがここで初めて齟齬が出てきた。すなわち、三人のうち在坂は既に【2】を、鍾錵は既に【6】を、通しているということ。必然的に出していないものを出さざるを得ない。残った灰炉は【2】【6】選べる立場にあるが、どうあがいてもカブるという痛さ。これを想定して春日嬢は交渉を持ち掛けたのか? が、灰炉はもうバックれムードなのでは。どちらを出しても構わないというスタンスでは。


 出揃った。推移は、


鍾錵06→【2】  800

灰炉10→【6】 1000

在坂06→【6】  600

洞渡05→【5】 1000

朋有07→【1】  800

春日00→【4】  400

杜条06→【3】  900


 春日嬢……やはりさっきの取引はマイナスだったのでは。かなりヘコんだ形だ。【4】協議で折れても、【2】出しておけば、九百万円は維持できたしそれで良かったのでは……と思わなくも無かったが、いや、もしかすると、


 ……この俺に何か託そうとか、考えているのでは。


 何が出来るかは分からない。だが、何かは伝わった、はずだろ。何でこの妖精というよりは悪霊のようなこの俺を端から信用しているのかは分からないが。


 やってやる。言われなくても「史実」に辿り着けてみせてやるぜ猫耳ィ……


 ますは現状把握だ。何故か昂ってきてしまった気持ちを大きく深呼吸する体で落ち着ける。俺が干渉できるチャンスはそうは無い。動く時を誤れば、全部しくじってしまうから。


 考えろ。


 灰炉はさっき【6】を出したことにより、もうこの勝負をまともに全うする気は無いことが分かった。その空気、他の嬢にも伝わっているのでは。特に【6】をカブらされた在坂……【2】も出せたしそれの方がペナルティ的にはまだましだろ、って顔をしているが、それは確かにそうだ。だがそこから罰則を反故に出来そう感を読み取ってくれたのなら……全員が全員、もう結構な額を得ている。灰炉のあからさまな降り気配に、うまく思考が向いてくれたなら……


 そこまで考えてふと、別角度からの思考がざぶと波のように来た。


 シンゴは、これで計ろうとしてるんじゃねえか。カネでどうにかなってしまうか、そうじゃないのか。それでも自分の元に残ってくれる人を、見極めようとしているんじゃねえか。


 いや、そうでも無いのかもかだが。あの「身体チケット制」を考える男だ。脳の一部が海綿体状になっている可能性は否めない。


 そんな滅裂な思考の俺を置いて、またもやせぇので出されたプレ開陳。


 朋有【5】灰炉【2】洞渡【4】杜条【5】鍾錵【5】在坂【5】春日【3】


 来た……!! どっかで偏りが生じると思ったがここに来て。そして春日嬢はすり抜け。これはでかい。俺が出る幕なさそうに思えてきたが、果たしてそううまく運ぶのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る