#37or60:一進or一退

 さて第三ターン。ここからが複雑になるはず。各々の思惑は分からないままなので。まあ、いちばん分からないのはシンゴの、だが。


「余った札はどうすんだー? 一枚残るよな?」


 在坂が大して興味ない体でそう言葉を飛ばす。が、それは重要に思えてきた。無理して【6】とか勝負をする必要が無くなってきたからだ。各々もう五百万以上のカネを得ている。「年俸」と考えてもバックれるにしても妥当額までは達していると思ってもいい。あとは話し合いなり何なりで「降りる」選択をしてくる嬢も出てくるフェーズ、と言えなくもない。その場合「出さない」選択があるのはお互い助かるのでは?


「まあ、僕がその二倍で買い取るタイムが最後にあるってことでいいかな。持ち帰ってもらっても勿論結構」


 誰が売るか、という顔をほぼほぼの面子がしたが、当のシンゴは余裕の微笑み。殴りたい。とは言え出さずに済むのが一枚あるって言質は取れた。春日嬢の【6】はもう出さなくてもいいわけだ。「下半身」とか、まあ無いとは分かっていても薄気味悪いわけで。


 その上で、今ターンはどう動く? あ、じゃあまたプレ開陳しての協議ってことでいいかな、何かもうあとは消化試合みたいな気もしてるからさぁ、あるいは二次会のビンゴ的な? みたいに極めて軽く言い放ってくる杜条の言葉の真偽はどうでもいいが、プレ、それはあった方がいいことは確実なわけで、全員が全員、無言で了承の意を示したようだ。


 せえので出された七色の札。


 朋有【1】灰炉【4】洞渡【5】杜条【3】鍾錵【5】在坂【5】春日【6】


 !! ……俺は今回も完全なる傍観者だったが、春日嬢……ッ!! ここでブッ込んでくるとは……【6】をすり抜かせることが出来たぞ……!!


 おそらくは、春日嬢がもうシメに入ろうとしているという読み、さらに【6】出して来たとしても自分以外の誰かが相殺するだろうその隙に自分の札を通しておこうという計算打算……それがうまく噛み合って、いや噛み合わずして、歯車の歯の合間を擦り抜けたような、そんな会心……


 【6】【5】通せればほぼ勝ちは堅い。その上で逆転を狙う輩たちの逆をつくこと、それも容易くなる……つまりは圧倒的有利。このコ……ぽんやりしてるように上っ面は見えるが、そうじゃない。恐ろしく周りの状況を把握している……人の顔を、その下の感情やら何やらまで見通している。それでもふと仰いだその横顔は、涼しい微笑みを形成したままだ。こりゃあもし「史実」通りに行ったとして、シンゴ敷かれる以外の世界線はあり得んなェ……とか思っていた、その、


 刹那、だった……


「春日に【4】を出させることを行使する」


 洞渡が力の入ってなさそうな手先だけで真っ白なクロスの上に滑り出させてきたのは、紫の【4】札。


 ……なるほど。


 それがあったのを忘れていたわけでは無いが、いや、まあ意識の盲点にあった。そうか、【4】を選んだのは、


 ……春日嬢の【6】をツブすためにあったと、そういうことかよ。


 おとなしく自分の【6】札を引っ込め、渡された【4】を自分の前に置く春日嬢。その顔にはしかして微笑が漂うばかりだが。これがポーカーフェイスってやつか、あるいは、これも想定内?


 ともかく厳しい事態になったのは確かだ。朋有と杜条、ここが一歩抜け出した感じ。そしてトリプった【5】の面々と共に、協議を余儀なくされた春日嬢と灰炉の【4】組。ここでの交渉はかなり大事だろう。決裂したら、確定する【1】【3】【4】【5】を除いた二枚……【2】【6】を三人で奪い合わなけばならない。


 そこで【6】がカブったりしたら……最悪だ。ゆえに全員【2】で交わすってのもありだろうが【2】は「両肩より先」か……シンゴがどんなフェティシズムを有しているか、自家発電現場に居合わせたことのある俺でもそこからは極力目を逸らして来ていたため分からないが、割と危険やも……


 とか詮無く考えていたら、


「……ヨウさんは、引いてくれないですよね?」


 またも静かなる言の葉。春日嬢は落ち着きというものを絶やすことなく、この場に相対し続けている。胆力はこの場の誰よりも有している気がするぜ……いやそれより。


「その質問は『自分は引かない』っていう意思表示も含んでいるんだよな?」


 敢えてか、その切れ長の目を伏せたまま灰炉。その低音は協議の余地無し的なニュアンスも含んでいたものの、


「はい、引きません」


 はっきりとした笑顔でそう答えられたことに、ほんのわずか、面食らったように見えた。


「……じゃあ何でケリをつける? あるいはさっきの洞渡のような供託か?」


 腹に響く迫力の低音はそのままだが、「余地無し」に思えたその協議のとっかかりのようなものが見えてきたようにも思えた。これが交渉術ってもんなのか……? 春日嬢の性格も相まってか、灰炉のがちがちに固めたメンタルガードにほんの少し、紙一重くらいの隙間が空いたように見えた。その、


 刹那、だった……


「いえ、もっと即物的に、この五百万で【4】を出す権利を買います」


 他で協議していた面々の会話も止まる。よいしょと両手で揃えた紙束五つを、とさ、と目の前に置き差し出して見せる。灰炉以外の面々、加えて俺の動きも止まるが。


 何を、考えてんだ?

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