#34or63:自問or自答

 妙な、異様な雰囲気になってきた。もはや結託・共闘の空気は、部屋の一面を占める嵌め殺しの巨大な窓をすり抜け、徐々に暗さを増してきた十四階からの虚空へと呑まれていくようであり。


 七名による真剣勝負。手段はどうあれ有無を言わさずそこに引き込んだのはやはりシンゴの策によるものなのか。そしてその目的は何なのか。本当にあの「チケット」を得るためであったのなら、俺は殴られたことも無い親父を殴らなくてはならないかも知れない。何か、重量質なモノに干渉して。


「だいたい魂胆とかその辺も分かった。もちろんそんなもので臆するつもりも無いけどよ」


 在坂は大きな手のひらに橙のアクリル札全てを乗せて弄びつつ、そんな気の強そうな目線とにやりとさせた、場合が場合なら結構引き込まれてしまうだろう微笑を浮かべつつ、ぐいと背もたれに身を預けて臨戦態勢、だろうかに入ったようだ。


「カネの代わりに、得た札の『箇所』にシンゴ、私の拳撃蹴撃を撃ち込めるという『細則』を加えておいてくれ。高さとか質感とか、ちょうどいいからな」


 灰炉のサンドバッグを見るような冷たい視線は、丸顔の全土を強張らせ、


「『自由にされない部分』はこっちの自由ってことよねぇ? てことは『1』がいちばん重要なパーツだったりして。常にスタンガンとかを抜き出せるように出来るしねぇ」


 杜条の緑フレーム眼鏡の奥の目は、妖しく輝き瞬いてこれまた丸顔の背筋を伸び切らかせる。プラス、対戦者を揺さぶるようなことをさらり挟んできたな……このキレる女がやはり最大の敵かも知れねえ。


「で、でも全部取られちゃったらまずいんじゃ……やっぱりここは穏便に出す札をみんなで調整した方が……」


 両腕を身体の前でクロスさせて、そこに鎮座する双球に着眼されている視線をブロックしながら、朋有の丸レンズ奥の大きな瞳は反対に揺れ動いていて。「全部」という言葉に反応したのかどうか、昭和な体質なところがあるシンゴは鼻血が出ないように気持ち上向きで首の後ろを手刀でたたき始めるが。


「シンゴさんは紳士ですから大丈夫。これも一緒に働こうとしている仲間の適性を計ろうとしてるんですよね? 能力に応じた適材適所にそれ相応の報酬。これからのグローバル化を目指すなら、そこは必須と思われますから。だから私は自分で考えて自分で選択します」


 久しぶりに口を開いたかと思ったら、春日嬢は的を射ているようでまったく違う的に刺さっているような言葉を穏やかな感じで紡ぎ出してくるが。周りの面々の顔が呆れを通り越して弛緩する。いまこの瞬間も視姦を続けている丸顔を見てみろ。例え紳士だとしても変態という名の紳士だぞ。


「どうあれ、やるならちゃっちゃとやるあるね。考える時間とかは決めるあるか」


 鍾錵が痺れを切らしたかのように言う。が、確かに思考時間は重要だ。じゃんけんのようにぱっぱとやられちまったらおそらく、この春日嬢は勝てない気がする。完全な憶測だが、「ここ一番」の運は無いように思えるから。そして周りを見渡せばほぼほぼ気の強い女傑ぞろいであって、気持ちで押される、その悪影響もあると思われる。


「一ターン『七分』にしようか。七人いることだし」


 何が「いることだし」かは分からなかったが、そのくらいの考慮時間があるのは幸甚だ。じゃあ取りあえず今から七分後までに一ターン目の札を裏向きにして自分の前に出しといてね、との言葉を残して、シンゴはトイレに行くと言って部屋から出て行った。現金がそのまま放置だが、いいのか。


「……」


 割とその辺りは大丈夫そうだった。さっき杜条が言った通り、得体の知れないカネではあるわけで。要は不気味なものでもある。それよりもこの勝負に時間を使った方が良さそうというのは、意外にも共通した認識であったようで。


「これって……初っ端がいちばん大事……」


 ぼそり、とそうのたまったのは、洞渡。青い自分の札を目の前に並べて黒髪ストレートを垂らし俯いたままだが、周りに聴かせるつもりで放ったのだろうことは分かった。確かに初っ端。「6」とか「5」を通すことが出来たら相当楽になる。例のあの「チケット案件」という意味でも気持ち的にも楽になるというか。


 ゆえにカブる率も高いと見た。いやその逆をついて敢えて、か? いやいやその裏をかいてやはり……?


 ダメだ。思考の袋小路に嵌まり込むだけだ。やはり運でしか無いのか。と、


 刹那、だった……


「これってさ、自分らで考えろってことなんじゃないの? 分かりやすくわざとらしくシンゴが席を外したしさぁ。うん……さっきので『結託」』すんのは無理とか思っちゃったけど、それでも『話し合い』とか『手打ち』は必要だと思う。互いの利益のために協力して最善を目指す。それって一緒に仕事する上でも大事なことよねぇ?」


 杜条が場に向かってよく通る声を気持ちトーン高めで放ってくる。やはりイニシアチブ取るのはこの女か。緑色の札を一瞥し、その中から「6」をつまみだして場に置く。


「まずは『意思表示』、それが被ったら協議あるいはそれこそじゃんけんで決める、っていうので行けば、札を『胴元』に回収されるのを最小限に抑えられるって、考えられない?」


 ツインテールを揺らし、各々の顔を見やりつつそう言ってくるが。


 プレで勝負をつけ、結果、参加者側全員の利益を上げるというやり方。悪くないように思えた。とりあえずそれで行ってみようぜ、との在坂の言葉に同調するように、七人共が自分の前に札を一枚提示していく。


朋有【4】灰炉【6】洞渡【5】杜条【6】鍾錵【6】在坂【2】春日【5】


 晒し前提があったかも知れないが、強気の【6】が三人もいたよ、そして春日嬢も最大限押したんだろうが、カブってしまっている。実際やってたら朋有が相当なリードを奪ってたってことに……なるか?


 ね? というあざとさ全開の小首傾げをしながら、杜条は微笑む。が、ここからも勝負だ。【5】同士……話し合いで決着がつくとはとても思えない。

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