#35or62:深謀or遠慮

「さて、こういう場合って、被っていない人はそのままその数字を独占出来るってことにしようか。言った言わないで揉める時間も無くなりそうだから、ここに書いておくけど。この私ら的な『細則』には必ず従うってことで、みんなもこの紙にサインして」


 杜条が眼鏡の緑フレームにシャンデリアからの光を反射させながら、そんな仕切りを呈してくる。先ほどシンゴが取り出したとんでもないことが記されていたよれよれのコピー用紙の余白に素早く「細則」と自分のサインを連ねると、一同に回していく。もう、勝負は始まっているのか。


 本来のルールに則っても、「単独出し」はイコールスコアゲットであるわけで、後からそれを潰されてしまうのなら、この「事前呈示」自体が成り立たなくなってしまうため順当な取り決めと思われた。それにしても契約みたいなことに長けていそうだな杜条は。しっかりと面々から言質以上のことを取ってきやがった。さて。


 結果、朋有【4】ゲットの在坂【2】ゲットは確定。在坂……豪快豪胆そうな印象をずっと受けていたが、初っ端【2】っていうのは、なかなかやる。いちばん冴えているのはこいつかも知れねえ。


 ……他人のことを評価している場合でもないか。【6】の三人はじゃんけんで決めるそうだ。安易に思えたがそうでも無いのか? 互いの「運」的なものを推し量ろうとしている? 確かにこの勝負、運も必要だが同時に勘も胆力も相当必要とされるはずだ。自分と相手のツキ具合、そしてその勝敗によってもたらされる「平等では無くなる時」に備えての他者の思考、そんなところを読み取ろうとしている? いやそこまでかは分からないが。


 結果、杜条の勝利。この女、やっぱり持ってる。初っ端大勝を掴んだ割には、その眼鏡の奥の瞳には何の感情も浮かばせないまま、だったがその華奢な肩口で「緑の俺」がこれでもかの拳を握り締めてそれを手前に力を込めて何度も引くという動作をやっているよお前は呑気でいいよなぁ……


ミオさんは、引いてはくれませんよね」


 と、そんな【6】勝負の結果を横目で確認してから、春日嬢はもう既に「協議」相手の黒髪ストレートに声を掛けている。意外だ。先ほどの芯の入った発言もそうだが、何か積極的にやるタイプのコじゃあないとか勝手に思っていたが、凛とした言葉。これは……シンゴよろしく「覚醒」みたいな感じなのだろうか。と、それに相対しても全く動ぜず、


「引いたら残りの【3】を単独で当てがってくれるっていうわけでも無いんでしょ……杜条?」


 洞渡は簾のような黒髪の下から、意外に圧のある視線を飛ばしてくる。協議敗れのヒトらは残り札の中から好きなのを本戦で実際に出してもらうことにしようかぁ、何度も協議する時間は流石に無さそうだし、という杜条の返しに頷くと、どうする? と言った感じで春日嬢を見やってくるが。


「……今回引いてくれる対価として、一枚、私の札の中で好きなのを澪さんにお預けするっていうのはどうでしょうか。それをそのまま持ってられてもいいですし、好きなターンに出してもいい。その場合、私はその札を出したことにします」


「あなたの出し札を一回、操れるってこと……そのメリットがどれだけかは分からないけど」


 何か協議が熱を帯びてきたが、洞渡は冷静だ。春日嬢の申し出もそのクリティカル度合いははっきり言って分からない。何しろ今回【5】を通せるんだ。そのアドバンテージはやはりでかいのでは……


「私の、例えば【6】を封じることが出来て、さらに他の人の【6】にぶつけて相殺させることが出来る……とか、活用はいくらでも出来ると思います」


 が、春日嬢の言葉も揺るがない。協議、それが成るのか? そろそろ時間も無くなってきた。杜条が促す。と、


「いい……受ける」


 静かに、洞渡は言葉を場につるりと流し出した。結構な短時間で、メリットの多寡を弾き出したのか? うぅん何か皆が皆、思考のキレ方がハンパない気がしてきた。しかしその後に続いた言葉は意外、だったわけで。


「要求するのはあなたの【4】。それでその旨、ここに書いておいて。結構な強制力、あるみたいだから」


 【4】……なぜ【6】じゃあ無かったのか、分からない。理だけでも無いのかも知れない。その辺はもう当事者ならではの呼吸なんだろうか。ともかく、シンゴがわざとらしいタイミングで戻ってくると、「七分」が経過することを伝えた。いよいよ一ターンめの着手、ということになる。


 既にプレ協議により、自分の出し札を決めることが出来た四人はそれを呈示でき、協議に敗れた(あるいは降りた)三名……洞渡、灰炉、鍾錵はガチで「残り札」、【1】と【3】の二択からひとつを選んで呈示しなければならない。考えてみると、協議が一回だけってのも結構肝心だったのかも知れねえ。二回目の協議があったのなら、三人のうち一人が【3】を出す取り決めにすることも出来たはずだ。だがそれが無いのなら、単純な読み合い勝負になる。今回のは最もシンプルな形と言えるか? 三人いて、出し手は二通り。【3】をひとりだけ出してすり抜けたいが、他のどちらかが【3】を出したらアウト。ゆえにここは欲張らず【1】で妥協? ……しかしその思考が被ったら【1】でアウト、さらに別の一人に【3】をかっさらわれる可能性もある……どこまで行っても正解は出ない。


 三人全員カブってしまったら胴元のひとり勝ちってとこか……シンゴはこの七人に協議させておいて、自分たちに有利にコトを運ばせようとさせながら、その実、それをも見切って自分のハーレム計画を為そうとしている……?


 分からないが、今回ばかりは俺も傍観者でいるわけにはいかない。春日嬢の思考の流れを掴んで、何とかそれに同調しねえと。

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