#32or65:八面or六臂
まるであの天城が乗り移ったかのように……
「……」
「ゲーム」、を「主催」、と来た。そしてその裏に隠れてんだろう真意もまた、あの長髪と同じく見えない、ってとこも。ただずっとシンゴはあの思いつめたような顔つきのままだ。そこに余裕は見て取れない。
現ナマを晒したのは信憑性を高めるため? 有無を言わさず「ゲーム」に引き込ませるため? どうなんだろうか。分からなかった。この大金を奪い合うかのような何とも言えない「争い」をさせること自体に意味があるようにも無いようにも俺は感じていた。つまりはよく分かってない。
札束の群れをどささとテーブル上に吐き出してまたペラペラになったリュックサックの背面ポケットから、丸く短い指先が今度抜き出してきたのはビロードっぽい質感の巾着のようなものだった。見たことある。あの小汚い六畳間の押し入れとを隔つ開け放しの襖の隙間に挟まってたやつだ。ワインか何かを包装していたものらしい。その丸顔の面積と同じくらいの大きさのそれの口を結んでいた細い紐を解くと、コカカカという間抜けな音と共に、色とりどりの麻雀牌のような物体が数十個くらい、転がり出てきたが。それらには見覚えは無かった。
アクリルか? 雀牌にしては薄っぺらく細長い。厚めの「札」、みたいな見た目のそれは蛍光色に色づけられていて、赤橙黄緑青白紫の七色。不器用そうな丸指によって今まさに色ごとに仕分けられているそれらは一色につき六個ずつあるようだった。
「『
いやぁ、取り仕切りはまだまだのようだな。たどたどしく告げられたその「9」のルールは何とも分かりにくいが、それでも目の前に札束がおそらく見たこともないほどに山と積まれてるこの状況……七名の「花嫁候補」たち(まだそうと告げられたわけでは無いが)はこの異様な光景を前に固まってはいるが、シンゴの一挙手に注目傾倒している感じではある。人心の掴み方って点に関しては、まあ流石だなと思わせられる、ほんとに。
「六枚しかないある。どういうことか」
「これは僕が考えた『9to1』というゲームなんで、本家の『9』とは結構違うんだ。細則を説明するから、参加してくれる人はみんな、よく聞いてね」
シンゴは慌てない。緩く説明を挟みながらも、これは自分の裁量で決まるコトだということを匂わせてきている。その上での「細則」……引き込み方は完璧のように思われた。多分に天城のパクりな感は否めないものの。
席を立つのはいなかった。七名が七名、食い気味態勢だったり神妙だったり無関心ぶったりと様々な様相を見せつつも、自分の前に置かれた六枚の札を眺めたり実際に触ったりひっくり返したりしている。俺も春日嬢の右肩口に手乗りサイズにて乗りつつそれらを観察してみていたが、アクリルの札だ、まさしく。薄紫のそれらは厚さ五ミリくらいで縦四センチ横三センチくらい(目測)。裏か表か分からないが、片方の面にはシンゴの手書きの文字で「1」から「6」までの数字が銀色のインクで書かれている。札、だなまさしく。
「六種類の数字が書かれていることを確認してもらえたかな? それを一回のターンでひとり一枚、場に提示してもらう。全員のが出揃ったらオープン。『9』と違うのは、他の誰かと『同じ数字』だった場合、その札は僕に没収されてしまうってところ。三人以上が被っても同じで全員分没収。被らなかった時だけ、その札を進呈するよ。札に書かれた数字かける百万円と一緒にね」
なるほど、と言えるほど全部分かったわけじゃあないが、駆け引き、そいつが最重要になりそうな勝負だ。あの例のサイコロは運も絡むところはあるにはあったが、これはその要素はほぼ入り込まないと思われる。心理戦……そんな感じか。こんな事を考えてやがったのか。ご丁寧にお手製のこんなのまで用意して。
そして俺にも逐一伏せていたってことは、忖度一切無しってわけだ。望むところだが、お前は本当にそれでいいんだな?
一瞬、シンゴの凪いだ奥二重の奥の目と目が合った。が、何事もなくそらされただけだった。そうか、分かったよ。
「……」
急速に腹の内側らへんが熱くなってくる感覚を、確かにこの意識だけの身体が受け取っている。選別か、あるいは餞別か分からねえが、とにかくお前の手のひらの上で踊ってやるよ。お前の見極めたいものが何なのか、こっちもしっかりと見据えながらなぁ。
春日嬢に対し、俺が干渉出来るかは分からないが、最悪「札」には干渉できる。いざという時は無理やりにでも切り札をその白魚のような指に押し付けてやるぜ。
俺は大きく呼吸をする体をしつつ、覚悟を決める。
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