#30or67:暴飲or暴食
図らずも、真白きクロスの張られた四角いテーブルが、決戦のリングとなったような感じを覚えた。次々にドレスアップして現れた「候補」たちが席に着くたびに、シンゴの元から「七色」の意識体の分身たちは、彼女らの元へと当たり前の如くそれぞれ飛んで行った。まあ、各々死活問題ではあろうからなあ……しかしそこまで敵意を発散して来なくてもいいんじゃあねえか?
かくいうこの俺も、体表面をなぞるかのように流れる「紫」の光のようなものを気持ち強めながら、この場に最後におずおずと入ってきた女性の元へと勝手に身体は引き寄せられていったのだったが。
春日
間近でその少しはにかんだような横顔を見ても、何の記憶も甦っては来なかった。本当に俺の母親なんだろうか。俺を産んで、そしてそれから、
……何をしていたかも知らなった、最も近しい他人。シンゴが、親父がもしこの場でこの女性を選んだとしても、待っているのはそんな空虚だ。それでも俺はこの「選択」を傍観するだけに留めるのか。
もう未来は変わり始めているのか? であればここで俺が行う逐一は、新たな未来への一歩になるのか?
……そんな事には、なりそうにも思えなかった。猫耳の言葉を頭から信じたわけじゃあないが、だんだん実感してきていた。この世界で俺は「添え物」的存在なのだと。あるいは、どんな選択肢を選んだとしても、「選んだと思わされて」いるだけで実際は何を選んでも結末は同じというような、そんな知れ切った末路をただ、そこから落ちないように、落ちたら終わってしまうっていうような妙な強迫観念に背中を押されるようにして、よろよろとバランスを取りながら渡っているだけのようにも思えていた。
それでも見届けたいと、思っている自分もいる。ここ一か月近く、ずっとそばに居させられて分かったことがあるから。親父も……シンゴも、ただの何者でもない一人の若者だったってことを。将来に、未来に怯え、そこに夢を見て、それを見据えて自分の足で歩いていくというような、覚束ない、心許ない、持たざる者だったってことを。
母親のことは分からない。なぜ俺からその存在を遠ざけたのか。それがこの「時代」の時点で明かされることも無さそうにも思えているが。それならそれでいいと思った。そしてその上で俺は、
「……」
この黒髪のおとなしい女性を応援したいと思っていた。素のままの二人はまさにお似合いに思えて。勝手な俺の想像だが。
そんな逡巡なんかは当然の如く置き去られて、場は何事も無くコース料理が運ばれてきており。形ばかりの乾杯の後は、集められた女性たちはそれぞれ穏当な話題を振り振られながらも会話らしきものを紡いでいっていた。その裏側に、どうとも隠しがたい緊張を貼りつかせたまま。空気が重いな。そしてよくこんな重力場で嬉々として丸顔を波打たせながら舌鼓を打てるもんだ大したもんだよ本当に……
と、
「……そろそろ、本題に入ってもいい頃合いなんじゃあないか? そんなものが本当にあるのなら、だけど」
その場の全員の代弁をした感じで、
とは言え、俺もこれから行われることの逐一を知っているわけでは無い。と言うかやんわりとシンゴは伏せていたよな……どうする気だ?
「うん……まずは勧誘なんだけど」
飲み慣れてないシャンパン一杯で丸顔を真っ赤に染めたシンゴが、それでもその放つ言葉は一ミリも揺るがせにしていないような感じでのたまう。
「秋葉原の駅前、目抜きの中央通りのど真ん中に、僕はレストランを立ち上げる。どこよりも安く、どこよりも楽しさがある、そんな、家族とか友達とか恋人とかが、ゆったり……いやもっと? 『まったり』って言った方がしっくり来るかな? そんな時間を過ごせる空間を、提供できるお店を創るんだ。そこで一緒に働いて欲しい」
当然のことながら、場は一瞬、戸惑いやら何やらで引き潮のように凪いだ。その後に来たのは、
「世迷言? 付き合ってる暇はないんだけどぉー?」
殊更小馬鹿にしたような口調で、鼻を鳴らしたのは
が、
「……」
が、だった……
「!!」
ゆるりと立ち上がったシンゴは、窓際に立てかけるようにして置かれていた、この場にそぐわないボロボロの登山用のリュックサックによろよろと近寄っていくと、それをよいしょと持ち上げつつふらふらと、自分の座っていた椅子にどさり置くと、きつく縛り過ぎていて最早切るしかなかったその口紐を払いながら、ぐいとその口を大きく開いたのであった……
そこに無造作に詰め込まれていたのは、まあ、言うまでも無いかもだが札束だったわけで。
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