#29or68:不眠or不休

 新宿、高島屋、午後五時五十分。


 十四階から見下ろす街の風景はせわしなく流れ動いて見える。まだまだ陽は地平のやや上らへんにあり、うっすら明るい。「星を見る」ことが出来るのはまだ先になりそうだが、本題はそこには無い。


 シンゴのプロポーズが成就するか否かだ。


 手持ちの現金は全て突っ込んでしまったため、タキシードとか、そこまで行かなくても普通のスーツだとか、そういった気の利いた貸衣装とかに着替えることも出来ずに、それでもいったん家に戻ってちょっとはマシな服を、とか思って押し入れの奥まで探ったが、てろてろのジャケットしか無かった。のでもういつものチェックのシャツの中ではまだマシに見えなくもないオレンジと水色の奴に若干ぱつぱつなサイズのチノパンに小太りの身体を押し込んで目的地に向けて走った。


 最上階のレストラン。そこそこのお値段のフレンチだそうだが、既にコースまで予約は取ってある。八人分。


 例の「花嫁候補」らを一同に集めての「告白」、だそうで、到底正気の沙汰とは思えないが当の本人は本気も本気のようで、普段弛緩しっぱなしの丸顔には緊張によるものか引き攣れた強張りのようなものが随所に浮いたり収まったり、と思ったら別の場所にまた浮いたり、という様が見て取れる。公道に出たら職質待った無しの風貌に思えるが、シャンデリアが吊られた結構広めの個室をリザーブしていたこともあり、公衆に不必要に晒されることは無いためそこは安心して良さそうだ。


 安心している場合でも無いだろうが。


 と言うのも、ことここに至るまでシンゴの中での選択肢は固まっていないように思えたわけで。それは「七色の自分」たちがそれぞれ手乗りサイズのまま「本体」の周囲を所在無げに浮き漂っていることでもそうと伺い知れる。全員均等に同じ大きさ。おいおい、この局面に来てまでまだ迷うどころか大まかに取捨選択とか優先順位付けとかも出来てねえのかよ。とかの思考が浮かぶものの、そうじゃあねえよな的な考えの方が先走るようになっていた。


 こいつは何かを考えている。いやがるんだ、確実に。


 最大限の可能性を追うために、最後まで引っ張る。良くも悪くも優柔不断だがそれでクリティカルな結果も成しえているからなあ……


 しかしこの俺の今後の処遇というか下手すると「生き死に」的なことも懸かっているわけで、が、その辺、ずっと相棒みたいな立ち位置でやってきたから、という優先的な忖度も無さそうで。


 シビアなところはそうなんだよな……それが上に立つ者としての不可欠な資質なのかも知れねえが。俺としては正直、どうなってもこいつに委ねようと考えている。考えてしまっている。「未来」が例え変わるとしても……俺が甦るとしても、俺が最初から無かったことになってしまっても、


 その先、が脳内でうまく描けなくなっている俺がいるから。


 だからこれが最後の夜になるかも知れない。


「……あ、私が一番?」


 そんな逡巡未満の思考をこねくり回していたら、正面のごてごてした飾りの付いた重そうな扉がウェイターの手で押し開けられてきた。と、そこに立っていたのは、真っ白なワンピースに同系色のジャケットを羽織った朋有トモアリ。全体的にふわとした高揚感を纏っているものの、その円い眼鏡の奥の瞳に宿っているのは好意、だけとも思えなくも無かった。軽く上気した細い顔の横には、今日はゆるくまとめただけという感じのおさげが揺れている。まあシンゴの目線はその下の、ジャケットの隙間から見え隠れすることで逆に存在感を増しているかの双丘にロックオンされているのは言うまでも無いが。G級戦士。当然なのかどうだかだが、当然の「第一座」と思われる。本人も自覚しているのか、発した「一番?」のニュアンスにはそんな優越感みたいなのが多分に含まれていそうで、俺は何となくザリとした感覚を受け取っている。と、


「何ある。五分前行動はニポン人の嗜みじゃないあるか」


 続いて案内されてきたのは、目に来る明るい金色なのか黄色なのか分からないこれでもかのミニのチャイナドレスにしなやかな身を包んだ鍾錵ジョンファ。ふわふわした長く白いショールを肩から下げている。上海の資産家の娘であるそうだが、何とかという日本のアニメの重度なマニアらしく、留学にかこつけて単身渡ってきて秋葉原のほど近くに住んでいるとのことだ。その鼻っ柱の強さは大したもんと思うが、自分以外の全員を分け隔てなく対等に扱うこともあって、シンゴはそこに心地よさを感じている風情がある。そしてドレスの胸元の合わせ目がたわむほどのFの衝撃。さらに裾から伸びるのはほどよい感じの脚線美。原色の赤、というピーキーな髪色に目をつぶればエキゾチック美女、と文句なく言える。


 と、


 刹那、だった……


「……!?」


 その二人が八人掛けの純白クロス掛けのテーブルの端と端についたやいなや、シンゴの元から二つの小さな「人影」がまっすぐに飛翔していったのだが。白と黄色。それぞれがそれぞれの「色」に誘蛾灯に集まる虫が如くに寄っていっている……? 何だ?


「……」


 いや、そんなやる気満々、という昨今そうは見られなくなったイキれた不気味な微笑みをそれぞれ見せられても。何だ? その自分の存在を賭けてのバトルでもおっ始めそうな面構えは?

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