#27or70:半信or半疑

「持ち掛けられたんだ、取引を」


 その「万馬券情報」を持っていた奴が、シンゴに直で話をしてきたそうだ。確かに第一局での勝利、それは初っ端満場のところで炸裂したわけで、インパクトで言ったら一番だったろう。そして百万のカネを得ていることも周知となっていたから、まあ情報の売り先としては妥当なところか。そして推測してみるに、そいつ自身はそこまでカネを持っていなかったと。まあでも参加料の十万二十万は持っているだろうし、それを確実に百倍に増やせるんだから八桁額に手が届くじゃねえかよ、と思うのだが。


「あると使ってしまう派、って言ってた。ギャンブルに。それでもって『宿り主』も相当なヒトだったらしくて、借金の催促が自宅まで及んでいる待った無し状態みたいで。第二局終わりで手持ちはほぼゼロだったって」


 そんな奴おるのか。俺ら意識体の依り代、「宿主」はいまこの時もこの時代を実体を持って生きているわけで、その人生に引っ張られるってことはやっぱりあるのか……俺はこの丸顔に中途半端に憑依しているが、それは恵まれていたってことになんのかな……分からんが。


「百万で売るって言われた」


 いやいやいやいや、それは無いだろう。奴にしたら別に情報漏らしたところで、自分にデメリットはほぼ無い。売った奴がオッズに響くほどの超大金を持ってるならまだしも、それこそ億くらい無いとだ。いやそれでも高が知れてるかも知れない。そこは途轍もなく巨大な胴元との博打なわけで。まあでも買おうとする側にとっては悩ましいよな、その情報の価値をどう取るかは。


「買ったのか?」


 最近のもったいぶり方に食傷感を感じながらクリティカルな問いを発してみるが案の定、


「……僕の手持ちはいろいろあって百二十万。ここで百を突っ込んで残る二十万を万倍にするって選択肢ももちろんあり、だとは思った」


 このやろう。じゃあ違うんだろ買ってないんだろうが。質問をぼんやりとした感想で返すな。まあ裏が取れない以上、怪しすぎるしリスクも高すぎるんじゃねえかとは思う。とか穏便な選択を考えた俺だったが。


 刹那、だった……


「情報は買わない。馬券は買う」


 おいおい。またけったいな事をのたまいだしたが。目の前の油温に注意を払いながらも、その囁き声はぶれてはいない。いや本当に変わったね。というかこれこそがこいつの本質なのかも。伸びる余地があるのならばぐいぐい伸びていく、粘菌の類いの物に似た何かを持っておる……


「彼は不注意にも情報を出し過ぎた。まず該当レース。『スリーセブン』とかで信憑性高めようとか考えたんだろうけど、開催場所まで口走ってしまったのははっきり誤算。そのレースは相当荒れるってことはもう僕には伝わってしまったんだから」


 それは確かに。が、得てしてその種の人間って無駄情報を垂れ流してしまうもんだよな……語りが入ってしまうというか。いや、でも待て。レースが特定できたのはそうとして、それだけじゃあ絞り切れないんじゃあねえか? 万馬券になる組み合わせがどれくらい出来るのかは仮に推し量るしかないが、十とか二十通りはあるものなんじゃあ……あ、まあそこに十万ずつ突っ込めば一千万回収出来るから良しか。と納得しかけたところで、


「いや、大体だけど、馬連での万馬券の組み合わせは全体の『四分の三』くらいある。例えば十五頭立ての全組は『一〇五通り』。上位勢が五頭いたとして、万馬券にならないのは『二十五通り』くらい。つまり該当するのは七十五通りもあるってこと」


 そんなにあるのかよ。それ全部買うとしたら『一万六千』ずつ。仮に百倍ついたとして『八十五万』の浮き。これは何やってるか分からねえか。もっと倍率がつくと考えてるのか?


「『万馬券』の定義が難しいよね。百倍以上、だからそれ以上もあるわけだ。でもそこは考えなくてもいいかも知れないんだよ。他にも彼がご丁寧に口走った『情報』がある」


 何だろうな、この「洞察力」は。奪い取った能力の中には無かったはずだが。いや、意味不明能力だったからそこに含まれていないとも言えないか。いやそんなことはどうでもいい。新たな「情報」、それが悔しいが気になる。話術も大したもんだよ、ほんと。


「『今も現役の二人がこの時代もワンツー決めててそれが万馬券なんだから激アツなんだよなあ』……『ゲキアツ』の意味は分からないけど、この人の『今』はあの配られた『胸プレート』の数字『93』から『二〇一九年六月』と分かった。つまりリンドーくんともほど近い結構な未来から来たわけなんだよ、この情報でかなり絞り込むことが出来るんじゃないかって思ってる」


 ほお。つらつらとよくそこまで。でもなあ、俺そこまで競馬に詳しいわけでは……


「……そこから先は本当に博打だね。でも間『二十三年』も空いてるわけだよね? 現役ジョッキーをそこまで続けられてるってのは相当なんじゃないかなって。例えば『武豊』とか」


 おいおい、流石にそのレジェンドなら俺でも知っている。カラむんだな? じゃあ『武軸』での万馬券になるのを全部買えばいいじゃねえか。


「うん……やっぱりそうなんだ、凄いね武さんは……でも確定は出来ない。他に二人以上『今も現役』がいたとしたら、そして武さん以外のワンツーだったとしたら、って可能性がある」


 そううまくはいかないってことか。うぅん……俺に競馬の知識があったらなあ。


「ともかく『七月七日』はやることいっぱいなんだ。その日だけは全部、僕に委ねてよ、お願いだ」


 それにしてもこいつの才気。本当に何だっていうんだ。そして俺に何を見せようとしている?

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