#26or71:針小or棒大

「だから僕は七月七日が終わったら、君らのうち誰かに意識を任せる。それで九月六日だっけ。その間の二か月は君らが頑張ってやってくれ」


 しかし何か、自信がついた物言いになってきたな。でも花嫁を選んでから二か月もほっぽらかしておいていいものかよ。


「勉強に集中するためって言うよ。で、君らも『意識体』とは言え休息は必要だよね。『六時間』。夜中の十二時から朝六時までの時間を僕に委ねてくれるとありがたいなぁ。そこで勉強するから。あとの十八時間は好きに使ってよ。あ、もちろんこの身体自体を休ませる時間は必要だから、うーん、十二時間くらいになるかな? ごめんごめん任せるとか言っちゃって半分だったね。うん、『いちにちの はんぶんを りんどうに やろう』」


 最後片言みたいになったのの意味は分からなかったが、初めて呼び捨てにされた。ふと見た照れた丸顔は薄ら気持ち悪さを宿してはいたものの、何か、引き込まれるような表情だった。いやそれより「勉強」? もう俺が把握できてないことばかり言うな……


「僕さぁ、自分の店舗を持ってやっていきたいんだよね……かわいいコをかわいい格好させたウェイトレスさんにしてさぁ……そういうゲームが実はあってさぁ……それを現実にするのって……何だろう、合法なハーレム、なんじゃないかってそう思ってる」


 いやぁ。ブレて欲しいところがブレてくれないな。つまり嫁はひとり選んだ上で、てめえが経営するファミレスでウェイトレスをはべらす? 修羅場か御縄要素しか見当たらないのだが。


「『食品衛生責任者』と『甲種防火管理者』は必須って書いてあったけど、そこまで難しくないってあった。でもそれだけじゃあなく、もっといろいろな知識を入れ込みたいんだ。今までその日の作業のことと夜のおかずのことくらいしか考えられなかった固まった脳細胞だったんだけど、君らが来てからそこに水をかけられたというか、ゆるゆるになって容積というか奥行が増えたというか……」


 要領を得ているのかどうなのか分からない比喩表現だったが、この男の人生を変えたのは、実は俺だったというのだろうか。タイムパラドックス。それにあの猫耳は「未来は変わらない」とか言うとったよなぁ……てことは「本筋世界線のシンゴ」にも何か、がらりと自己を啓発させられるような出来事があったのだろうか。それが「今回」は俺だったと。そういったことなのか。まあそこは考えてもどうともならないので置いておく。それよりも、


「いきなり店持つとか、先立つものってのがあって簡単じゃあないとは思うけど、その辺りはどう考えてんだ?」


 つまりはカネ。ここ何週間かで思わぬ大枚が転がり込んできているものの、せいぜいが百、二百の世界だろ。店舗経営、俺もよく知らないがその十倍は必要なんじゃあねえか?


「この秋葉原の駅前一等地にどでかいのをぶち立てる。今にここは途轍もなく栄えそうな、そんな気がするから……」


 うぅん、陶酔入ってるようだが、あながち間違ってもいねぇんだよなあ……が、この時代、土地の価格も落ち着き始めてきたとはいえ、痩せても枯れても都心の一等地だ。下手したら億行ってもおかしくはねえ。流石にあの「天城杯」に勝って勝ってでも至らないと思うが。


「お金は……うん、僕が何とかしなきゃなあって思ってる。その勝負も実は七月七日にあるんだ」


 「勝負」? 次の対局は七月十二日だったはず。それに何とかするって……


「対局者のヒトらと結構喋っていたよね? そこで乾坤一擲の凄い情報があったじゃない。え? 気づかなかった? 聞き流してたとかかな。僕は結構ふおっ、って思ったんだけど」


 注文が入ったミックスグリルの調理をしながらも、シンゴはほとんど唇を動かさない腹話術的な話し方と周囲一間にしか届かない夜盗の喋り方で俺に語り掛け続けてくるのだが。あったか? ていうか最近の俺は完全に傍観入ってて、その辺の注意力はほぼほぼ皆無だぜ?


「ギャンブルだよ、いや、ギャンブルにギャンブルをかますためのギャンブルを乗り越えるっていうかだよ」


 意味わかんねえ。が、ギャンブルって対局以外のことって意味か? 他の対局者たちと本当の勝負とは別のところでカネを賭けて取り合う? そんなに益が無いように思えるが。


「国営のだよ」


 自信ありげかつもったいぶった感じの物言いは、何か、立て続けに呈されると殴りたくはなるな。いや、「国営」? 競馬か。


「……リンドーくんと同じく『未来の方』からこの九十六年に飛ばされて来たヒトらの中で、過去のレースの結果を覚えているヒトがいたとしたら、どうする?」


 いや、そこまでもったいぶられなくても言いたいことは分かる。よくある話ではあるし。くん付けも戻ったな。けど過去のレース結果ってそんなに覚えてるものなのか? 俺もゲームでの知識しかないが、さらに七月はもう小倉函館辺りに移ってるはずで、つまりは例えばG1とかの名だたるレースは無いんじゃなかったっけか。そんなピンポイントで覚えてるなんて都合のいいことが……


「そのヒトは結構やる人だそうで、この年の『七月七日』の阪神七レースで万馬券が出るってことは記憶にあったみたいで。いや『出た』って言った方がいいのかな。ともかく『スリーセブン』。それを覚えていたと」


 何となく分かってきたものの、そいつからどうやってお前はその重要情報を聞き出せたんだ? そっちの方が気になるが。

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