#19or78:得手or勝手

 またも丸顔の、思考が抜け落ちた感のある行動が出てしまった。何でこいつはこうもこうなのだろう……周囲からは驚き二割くらいの嘲り八割くらいのどよめきがうっすら沸いているような状態。だろうなあ……俺もそれが当の身内じゃあなかったらそんな「目立ちたがりの勇み足」が、みたいな表情を浮かべて睥睨してしまうよ……でも全然他人事じゃあないんだよなあ……どうしたもんか。


 これはこれは、積極性素晴らしいですね、とかのどうでもいい賛辞みたいなのをつらりと紡ぎ出しながらも、シンゴとの面識があることはおくびにも出さない。天城はそのにこやかさが貼りついたかのような読めないポーカーフェイスのまま、軽い感じで誘うのだが。そのするりとした流れのまま、何らかの誓約書じみたものに署名をされてしまっているのだが。おいおい、不利を被る奴なんじゃねえかと丸顔の変にのたくった名前が書かれたペラ一枚紙を凝視する。


<本ルールに則って『負け』が確定した場合は、『負けました』と認め手持ちの金銭をすべて相手に供出すること。守られない場合は魂を猫神に委ねることとする>


 どうやら勝敗をはっきりさせるためのものらしい。多分に猫耳との共謀が見られなくもない文言ではあるが。ともかく負けは全てを失うってことで、まあそうなったらそうまで。問題はない。


「使用する『ダイス』を、お選びください。出目表はこちらにございます。いちばん最初の方は当然、すべてから選ぶ権利があります。ただ、考える時間は『一分間』としましょう。場の熱が冷めてしまうとあれですのでね」


 天城は本当に「進行役」に成りきり特化しているような雰囲気を身に纏っていやがる。前に会った時も仮面をすっぽり被っているようだったが、それにさらにお面をあみだに付けているかのような……奥の奥に怪しげに光る眼。それだけは隠しきれてはいないようだが、その腹は相変わらず読めない。それよりも「サイコロ選択」。どれが最適・最善とかあるのか本当に。


 出目の総数は「21」で全部同じ。互いのライフだかを差分だけ削り合う……先にゼロになった方が負け……やはりどう考えても「運」な気がする……最強の目は「9」だ。それを有するダイスで極論「9」を出し続ければ負けは無いし、最短「二撃」で決する。


 であれば……やはり、か? マキシマムを選択するべきなのか? 出目表は「六面」に割り振られた数字を並べた六桁の数で表されていて、大きい順に並べられている。つまり、一番上に位置するのは「993000」。「9」は最大で二つまでってことは分かっていたが、残る「3」を一面に配置してしまうと「0」が三面……半分がノーガードってことになるってわけか。流石のハイリスクハイリターン布陣……「三分の一の確率でほぼ勝ち」、「二分の一の確率でほぼ負け」か。そのくらいの運をねじ伏せられねえようでは、そもそもこの得体不明の戦いを勝ち抜くことなど出来ないのかも、か?


 表の下に目を滑らすと、「754410」とか、「654330」とか、魅力的に見える安定感のある布陣が目につく。相手の「0」に刺されば、「6」とか「5」でも「二撃」は「二撃」だ。「4」とか「3」なら、相手の「7」とか「6」も割と受け止められそうな……そこで凌いで反撃を食らわす? よさげな感じに映るが。


 最も「硬い」のは、いやそう感じるだけだが、最下の「444333」。「9」「9」の二発なら持ってかれてしまうものの、それ以外なら二発は耐えられるってことだ。その後に揺り返しみたいなのがあって「0」「0」「0」なんか出したら逆に食いつかれる、か……


 いやいや。


 考えても詮無い気がしてきた。どの道「運」なら、「運」であるのなら、考える話では無いのかも知れない。いや、思考がまとまらねえ……


 俺の逡巡は完全に置き去りに、そうとなってからの場の進行は速かった。


 対戦する相手はいるのかな、と思ったのも束の間で、オレがやるぜひゃっはーッという令和からこっちあまり見かけなくなった稀有なメンタルの持ち主がそう派手に名乗りを上げてきた。この湿度なのに黒いライダース。骨ばったスキンヘッドの男、良かった、例の輩たちじゃあない。


 とか安心していたら、シンゴはやけに凪いだスタンスにて、壇上後ろに立てられていた赤青のサイコロが対で埋め込まれた灰色のウレタンのボードから一対のそれらを抜き出していたのであって。なんかもう、俺のことは無きものとして行動してないか? これはこの俺という意識体の影響力が弱まっているとでもいうのだろうか……身体もちんまくなっちまったこともあるし、「史実」の最有力嫁候補であるにも関わらず、何となく周りに埋もれてしまう儚げな女とリンクしているからなのか……そんな相変わらずの定まらない思考の……


 その刹那、だった……


「リンドーくん、案ずるなかれだよ……前にも言ったよね……ずっと、こんな機会が来ることを待っていた……乾坤一擲の場が来るのを……ッ!! ずっと妄想イメージしていた。この手の勝負の場が展開するのを……だから、任せて欲しい。大金を掴んで……僕は八人からなるハーレムを築かなくてはならないのだから……ッ!!」


 いやぁ。最稀有メンタルのやーつが身近におったェ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る