#17or80:異口or同音

「さて時間です。お集まりの皆様、誠にありがとうございます。ご賛同者は実に『九十五名』……私を加えて全員の参加と相成ったわけです。これだけでもう私は感無量、神に選ばれし才ある若人が全てひとところに集ったのですからな……」


 よく言う。立て板に摩擦力ゼロの液体のような言の葉がつらつらと、この巨大な地下ホールに落ち着きを持って響いていくが。当の天城は一分の隙も無い恰好にそれ以上に隙の無さすぎる構えにて、案の定第一声からこの場を支配するかのような存在感を醸し出している。


 しかしよく全員集めたな、どんな手管だよ。「対局」しないことイコール「煉獄」で永劫苦しむなんていう猫耳の脅しが想定以上に全員に利いてしまったのか、であればこの「天城杯」に参加して幾ばくかのカネをつかんだ方がいいという心理か。「究極」想定していた事態があっさりと現実に展開しやがった。そしてこれに参加するだけで「十万円」という額が全員に与えられるという。さらには他の参加者を探してここに連れてくれば「五十万」ってことも先の会合で言っていたし、ご丁寧に例の「メール」でも告げられていた。例えば偶然出会った二人が共謀すれば一人あたま「二十五万」を分け合えるってわけか。「財力」。天城の能力はそれをさらに絶妙に嫌らしく使役できるとこにあるのかも知れない。


 とは言え、主催者ヅラしてる天城もいち参加者に過ぎない。これから行われることになるだろう今日の対局で一発屠られる可能性も無くはないわけだ。まあそうならないような仕組みやら仕掛けやらが十重二十重に敷設されてんだろうけれど。


 しかしこれから「戦い」が始まろうって局面なのに、周りの面々はだいぶくつろぎモードだ。中にはシャンペンか何か発泡している液体の満たされたグラスを傾けてる奴もいる。中身はみんな未成年だろうが、みたいなことはまあ言えた立場ではないけども。それにしてもゆるりとした空気が流れてる。それ以上の和気藹々感か。なんかの余興じゃねえんだぞ。まだ他人事とか、リアルに考えられてねえとかか? 才気あふれるが聞いて何だかなぁ、だが。そう言えばあいつらは?


 「知った仲」というほど知っているわけでもないが、会合で会った他の五人の姿を淡い照明の中、目を凝らして探ってみる。あいら。真っ先に目に入ったのは背中を覆うほどの長い金髪コギャル姿がやはり目についたからなのか、どうなのか。とか思ってる間もなく、退屈そうにだらりと立っていたその褐色の顔がこちらを向く。一瞬、意識体の俺の方と目が合ったかと思ったが、手乗りサイズで肩に乗っている態勢だったからだと気を落ち着かせる。


「……シンゴぉ、だったよね、未来少年っ」


 毛の長い真っ赤な絨毯を踏み分けるようにしながら、思ったよりも好意的な感じで距離を詰めて来られた。のは予想外だったのか、シンゴの頬が泡食って波打ち、その振動が耳殻を介して俺にまで伝わってくるが。落ち着け。と囁いてみたがやはり無駄だった。


「お、おでゅふ、あ、あああいらさんやっぱ綺麗ですなぞぉぉぉ……」


 世迷う言葉は甲高い音色に乗って無駄によく響きおる……アイドルの握手会でもここまでの直球を投げ放る輩はいないのではという遠慮も忖度も無いド直球だったが、当のコギャルは屈託なくやだぁ、とか照れ笑いをして見せてくる。それもポーズではあろうが。が、その綺麗な歯並びは少し引き込まれる何かを有していることは確かだ。いや俺が揺らされてどうする。とりあえずニュートラルへ、と息を吸い込む動作をしてみた。その、


 刹那、だった……


「……ッ!!」


 シンゴの周囲直径二メートルくらいのところで暇そうに漂ったり必要以上にくつろいでいた七色の面々の大きさが、一斉にしぼんだのであって。おい。


 まるで愛の告白でもされたかのような、昨今そうはお目にかかれないほどの震え紅潮顔だ。「やだぁ」の三文字、いや二文字半でそこまでアガれるってのはもはや能力なんじゃねえのか? 「創造力」。そういうことなのか? いやいや。


 勝手に花嫁候補を増やすんじゃあねえよ、とびっしり産毛が生えた耳の穴の奥向けて拳を突き込むが、幸い新しい面子は現出はしなかった。やはりあの「七人」は確定なのだろう……いや七人の時点で確定も何もないわけだが……


 揺らされるな。


 くつろいでいる奴らよりよっぽどマイナスなメンタルだろ、落ち着けって。まだ鼻息荒くあいらの横顔を見つめるというよりは網膜に最大限焼き付けようと瞳孔を最大限まで開いているような浮世離れした顔で見ているシンゴは置いておいて、天城の進行に注目することにする。


「……どういった『勝負』であれば、この思慮深い皆さんに適するのか、非常に悩みました。単なる身体能力の優劣、あるいは単なる運否天賦、それだけでは面白くもない、そうも思いました……」


 なかなかに引き込まれる「間」の取り方だ。人心掌握。長けてるな。どういう人生を送ればこんな物腰で大衆全員に対し優位に立てるっていうんだ、くそ。


「……行き着いた答えのひとつが『これ』、です……」


 芸術的な溜めの後、天城がそのタキシードの上からも引き締まっていると分かる身体を伸ばすのようにして、左手を掲げて見せる。途端にその手先のアップが何処かに仕掛けられたカメラに抜かれ、背後のスクリーンに大写しにされる。そこには、


「サイコロ……?」


 場の誰かが思わず漏らした声の通り、一辺二センチくらいの立方体のように見えた。透明感のある赤い地に、白字で数字が書かれている。いわゆる「賽の目」でないところがやや珍しいっちゃあそうだが、いや、ん? 「2」「3」とかは分かるが「8」? 数が大きくねえか?


「そう『サイコロ』。これの出目で勝敗をつける。ですが、もちろん申し上げた通り単なる『運』だけには頼らない。考えてもらいます。思考を、存分にこねくり回していただきたい」


 天城は場のリアクションも想定内らしく軽くあしらうと、まだ疑問が渦巻くラグジュアリーな空間にこちらの埒外なる言葉を放つのであった……


「出目は『0』から『9』まで。そしてその合計は通常のサイコロと同じく『21』。『一天地六』ならぬ『零天地九ゼロてんちきゅう』、それが『一七四通り』。選択は自由。名付けて『Zer0ゼロ×Nin9ナイン21にじゅういち』」


 こいつ……かっちり考えて来やがったぞ。それに読めない、どうすりゃあいい?

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