#16or81:離合or集散

 「第一戦」の当日。諸々の主催者の位置に収まった天城の指定してきた時刻は正午。集合場所は秋葉原であることは想定内と言うか確定的と言えなくもなかったが、神田明神通りを少し入った五階建てくらいの貸ビルだったのは意外だった。てっきりどこぞの高級ホテルのホールでも借り切って盛大にやりそうだったから。週末の人出は結構な感じだったが、その薄汚れたかに見える外観のビルは周りの風景に溶け込んでいて目には入っても滑り流してしまうような、そんな佇まいをしていた。


 まああまり盛大にやるものでも無さそうだから、いいチョイスと言えなくもない。そういう隅々考えてますよ的なそつなさがいちいち鼻についてしまうが。


 テナント募集の貼り紙を横目に、しっかりした造りのガラス扉をシンゴに押し開けさせ、俺はその右肩の上に立ち、その丸顔に見合った丸い右耳に左手で掴まりながら、白色照明はきちんと照らしているものの、どこか薄暗さを感じさせる手狭なホールを見渡す。もはやこの身体の大きさには慣れたところもあり、決してその本体を守護はしないが守護精霊のような立ち位置に落ち着いた。


「七色の俺」が現れてからもその意味不明な覇権争いは続いていて、「花嫁候補」のひとりから食器を手渡された際に一ミリくらい指先が触れ合っただけで途端に等身大まで膨れ上がったり、「ミカゲさん」と多分苗字全部は呼びにくいだろうから縮めただけと思われるが、それを親愛さの顕れと受け取って勝手に昂ってギラギラと何故か該当する意識体のひとつが鈍く輝き出したりと、日ごとに膨張収縮やら何やらのエフェクトを繰り返す落ち着かない毎日だった。そしてこちらの対局に対してはほぼほぼというか全くのノープランで来てしまった俺らがいる。


 とりあえずカネは懐に百五十万がとこ忍ばさせてはいる。カネをちらつかせるというのは天城のやり方それに一貫していて、今回の招集も「参加料」だけで十万の大盤振る舞い。どれだけ持ってんだよあのロンゲは。そして全員にまとまった金が配布されているという状況を鑑みると、それが物を言う展開になりうることも充分考えられた。であればマキシマムを持参しとくべきだろう。シンゴはでっぷりした腹に巻き付けるようにメッシュの防犯ポーチだか何だかの中にその束を突っ込んで隠しているが、既にしっとりとし始めているだろうで、カネとしての価値が目減りしていっていないか心配ではある。


 例の「便箋」に送られてきた天城からのメール文言に従い、奥へと続いている通路を突っ切り、そこにあったこれまた錯覚的に薄暗さを有す簡素な階段を下りる。地下。何となくの不気味さを感じるが、当の丸顔は見た目フラットなメンタルで軽々とステップを踏んでいる。この後十七時から入れているバイトの事に早くも考えが泳ぎきっている感じだ。そして昨日、「ミカゲって……鼻から下が何となく野茂に似てなくもない……」という何の比喩かは分からないが褒めてはいないだろうことだけは確かな言葉をぽつり発してきた「洞渡ホラワタリ」の株が何故か爆上がりしたようで、対応する「青」がドベから乾坤一擲の「第一座」に跳ねた。でかい顔をしての余裕ヅラで無駄に颯爽とついてきていることがいちいちイラつかせるが、と言うかこの一連のことは俺らにとって何一つ益を成してないことにも腹が立つのであって。


 とにかく邪魔だけはしないでくれ負けたら爆散シンゴもあの七人とのつながりが未来永劫途絶える……的な嘘八百を並べて何とかぽんこつ七名の制御をぎりぎりのところで行っている。ぎりぎりだ、色々とぎりぎりに過ぎる。早くも徒労感に巻き付かれるような感覚を受け取っている俺だが、階段下りての目の前に大仰な扉が現れた。映画館とかの、あの防音能力高そうなやつ。そしてその両脇には黒スーツにサングラスという、ステレオタイプに過ぎる屈強な男が二人、不愛想に突っ立っていやがったのだが。うぅん様式美……


 シンゴに便箋を提示させると、こちらに視線を送ってきたかも分からない無反応の後に、機械的に扉を引き開けられた。中に入れとも言われなかったし促されもしなかったが、まあそれも様式美的なことなのだろう。それよりも、


「……!!」


 一歩入ったその中は、正にの豪奢な大空間だったわけで。地下なのに天井は五メートルくらいはある高さ。奥行き方向に長い直方体のホール。慣れ親しんでいた二十五メートルプールの大きさを想起させる。つまりは結構デカい。こんなところ……よく見つけたな。ちょっとした式場くらいの広さもさることながら、本当に何かのパーティかのように暖色の煌めく灯りの下には料理やらボトルやらが真っ白なクロスの上に並べられ、そこかしこで「参加者」たちの談笑が行われているという状況……


 いきなり出鼻を挫かれた感だが、突貫で設えたにしては天城……やはりそつが無さすぎる。当の本人らしき人影は、俺の正面に見える巨大なスクリーンの横の司会者ブース的なところにあった。長髪はかっちり固めて後ろに流し、遠目でも照明を反射してラメる素材の高そうなタキシードなんかをその長身に身に着けている。その佇まい、存在感……全ての把握感みたいなのが途轍もないのだが。いや、気圧されている場合じゃない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る