#08or89:合縁or奇縁

「これは誰の……招集?」


 腹から低い声を出したつもりだが、そもそも俺の「声」は宿主以外にも届くのだろうかという懸念から、尻すぼみなものとなってそのままラグジュアリーな空間に吸い込まれていってしまうようで。と、


「おっと来たね~『未来人』」


 とりあえず座ったらー、と軽い声を掛けられた。振り向いた姿勢の、人を喰ったような表情を浮かべた小麦色の小顔。背中くらいまで長い茶髪を無造作に流しているが、真っ直ぐつやつやなのはこの二メートルくらいの距離を置いてもそうと分かる。手に持っていたグラスを近づけると、こちらを値踏みするかのような視線のまま、白い艶のある唇にストローをあてがってアイスティーらしき液体を送り込んでいるが。コギャル。まごうことなき。が、の見た目の割にはさっき駅前で行き交った子たちとは纏っている雰囲気が根本的に違うような気がした。違和感。何かが……おかしい気がした。いや、落ち着け。違うは違うから、それが逆に正常。なのか? うぅん……何かもどかしさを伴った疑問が離れないが。


「……」


 手前側の椅子に取り敢えずシンゴを腰かけさす。俺はその向かいのソファの方へ半身で座る。いきなり何かをされるってことは無さそうな凪いだ空気だが、油断は勿論出来ない。警戒心を保ったまま、視線をこの集まった六人の顔へと回してみる。ごつい黒縁にこれでもかの七三のひと目冴えないおっさんリーマン、脂ぎった長髪を陰気そうな顔の前に簾のように垂らした年齢不詳の黒白のネルシャツの男、オレンジのパーカーをだらしなく羽織ったこれまた茶色の長髪を後ろにぞんざいに流した、日に灼けた傲岸な顔の陽キャ。白ブラウスに紺のロングスカート、黒のストレートは華奢なその肩くらいまですとんと垂らされているが、おどおどとした表情を改めれば相当かわいいんじゃないかと思われる女。そして「ボーイッシュ」という形容がここまでそぐうのはいないんじゃないかと思わせるくらいにそれはボーイッシュな勝気そうな瞳が魅力的と言って差し支えないほどの金髪に近いくらいの明るい茶色のショートの娘。


「さて、多分これで打ち止めだろう。では早速……本題に入るとしようか、私は天城あまぎ。君らを呼び寄せた者だ」


 と、いきなり居住まいを正してそう切り出してきたのは、オレンジパーカーの茶髪、だったわけで。先ほどまでの不遜な顔つきは改まり、真っ直ぐにこちら……と言うかシンゴの方を見てきた。ん? さっきからの違和感の正体が掴めた気がする。


 俺らみたいに「分かれて」いない。本当に、実体に取り憑いているというか、乗っ取っている? そんな感じだ。実際に意識体の方の意思で実体が喋っているように思える。どういうことだ? 俺もシンゴを乗っ取る感じでもっと強めに「憑依」すればこんな状態になるっていうのか? うぅん……でも今の距離感でもギリギリだからな……ゼロ距離となってしまうと、いやいっそなってしまった方がいいのかも知れないが、いやまあそこは保留しておこう。それよりも、


 実体と意識体とのギャップ。双方血縁関係はあるとは言え、あくまで別人格なわけで、見た目に惑わされてはいけないってことを肝に銘じておけ。そしてこいつが、こいつこそが「招集者」。随一の切れ者と思って差し支えない。押されるな。


「七十二年の六月に交通事故で死んだ。享年十八歳。そして何の因果かは分からないが、確かに自分の『意識』と思われるものを保ったまま、今は弟の身体に共生している、と言ったら良いか。まあ、君らなら理解して共有してくれるだろうが」


 理知的に思える喋り口。そして「七十二年六月」ってことは、俺と真逆。「いちばん過去」からこの一九九六年にやって来たってことになる。昔の人間だから劣っているというわけでは決して無いが、厳然とした時間、時代の流れというものは横たわっているわけで、新しいものとかに対応し取り込んでいくのは最も難しそうと思われていただけに、意外。と言うか裏を返して怖ろしく切れるのだろう。そして、


 「共生」と言った。取り憑いている先の実体側の意識も残ってはいるってことか? どちらかが表層に出ている時はもう片方は裏に追いやられている、みたいな。はっきり判別はまだ出来ないが、それを聞くのはやめておこうと思った。俺たちがイレギュラー、ひいてはそれがアドバンテージになる可能性があると、直感したからであって。


「ここにいる面子が理解力ハンパないってのは最初っから分かってるって。それでいちばんの『年長者』がさらにその上を行ってるってこともねー。でも面白いかも。そういう困難さ? 無いと萎える派だしぃ。あっと、あたしは二〇一八年没。十六歳でまだまだやりたいこといっぱいあって、だからこれはあの猫ちゃんが言ってた通り千載一遇って思ってるわけ。でも最初から考え無しでイキりきってたら先が知れるって思ったからここに来た。『あいら』。そう呼んで」


 ロングヘア―ドコギャルこと、あいらと名乗ったこちらはあまり見た目と中身の差異の無さそうな女がそう白唇を暖色照明に艶めかせながらつらつらと言葉を転がすかのように述べてくるが。いや何と言うか……一見してかわいいなと思った。けったいな髪色とメイクだが、整った小顔は自分をどう見せるかということを熟知しているかのようにこちらを揺さぶる表情で引き込もうとしてくる。いや阿保か俺は。そういうのもおそらくは計算のうちだろうが。が、この女の挙動で、確信出来たことがある。


 俺の姿は認知されていないってことだ。


 天城もあいらも、シンゴを見て話している。そしてこいつら以外の面々も、椅子に所在無げにちょこんと腰かけた小太りの方に目線は行っている。敢えて俺を無視した体でそう思わせようとしている? 流石に完全に俺の存在を意識からシャットするのはこの六人全員揃っては無理じゃないか? 天城くらいだったら余裕でやって来そうだが。ということは。


 この事象はこいつらを出し抜ける大きな武器なのでは……? 落ち着け。だとしたらもっと注意深く動け。そして思い返してみろ、店内に入った「俺」の第一声。それはこのあいらに捉えられていなかったか? いや、どうだったか。問いかけた形だったが、それに答えが返ってきたわけじゃなかったか。確定は出来ねえ。


 早くも翻弄され始めつつある自分をまず落ち着かせつつ、シンゴにはあまりこちらを意識するなとジャスチャーで何とか伝えると、とりあえずは天城の出方を図ろうとの静観の構えを取ることにする。考えろ。

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