#07or90:一期or一会

 明けて午前十時五十分。湿気でもわる六畳間で正に惰眠を貪っていた相棒を何とか起こして、曇天模様の空の下、目的地へと向かい出す。木造の家屋が立ち並ぶ西日暮里の街並みはいい感じに寂れていたが「未来」でもここら辺に来たことも見たことはなかったので、あまり違和感は感じなかった。丸顔が覇気無くのそのそ歩くスピードに合わせ、俺もゆったりと、所々ひび割れているアスファルトを一歩一歩、踏みしめるようにして歩く。「歩く」という感触、それは実体があった時とまあ変わらない気がした。この、俺が感知しているこの「世界」、一九九六年の過去世界、そのことについては未だ半信半疑ではあったものの。生ぬるい風の感触、触感をも意識の「肌」的なところで感じつつ、狭い道を通り抜けていく。


 JRの駅に着いてみたらキオスクで新聞や雑誌が山と売られているのに少し驚いたが、あとはあれだ、乗客でスマホを覗き込んでいるのがいない。当たり前かもだが、それが俺にとっては違和感と言うか、だった。本、雑誌、新聞。紙の文化。周りに自分が何を読んでいるかの情報がだだ漏れのような気もするが、そこはあまり気にしている人はいないようだ。そして俺の姿自体は周りの人間には気にされていない。丸顔以外には見えない仕様なのか。逆にそうじゃなかったら難易度は跳ね上がるので、まあ概ね良かったと、そう思おう。


 外回りに乗って一路、秋葉原へ。山手線車両のシルバーに黄緑の帯の車両の見た目は御馴染だったが内装はかなりシンプルでそこにもちょっと驚いたが、まあまあ概ね「二十四年」の過去へのタイムトリップは、ほぼほぼ許容できる範囲であることを確認し、少し落ち着いた。


 落ち着いてる場合でも無いか。


 何度も確認して電気街側の改札から秋葉原の街へ。逆側に出たら「爆散」らしいのでそこは念入りに。さて。例の「招致主」は秋葉原の何処とは言っていなかったが、「射程距離」を鑑みると最大で「一キロメートル」。つまりはこの駅に降り立った時点で感知は為されているはずだ。俺は丸顔を促し、柱の陰の目立たない所で例の「便箋」を確認しろとせっつく。自分は周囲の人間から目を切らないように。月曜の正午。スーツ姿のサラリーマンが忙しなく行き交う。が、学生の姿も目立つな。学生……コギャルって奴か。秋葉原にも来るものなのか? 茶髪、ルーズソックス、実物は初めて見た。何か決まりでもあるのか、三人組が三組、でかい声で笑いながら通り過ぎていった。学校はどうした。


 いや観察の仕方が違う。俺らと同じような感じの挙動不審なのを探せ。「意識体」同士は互いの姿が見えるのか? 取り憑かれている丸顔とかは、自分に取り憑いている以外の「意識体」を認識することは出来るのか? 不確定なことはまだ山積みであり、それに対応していかなくてはならない。と、


「り、リンドーくん、何かもう集まってるみたいだよ……」


 極めてか細く精一杯の低い声で囁いてくる丸顔が、掌サイズに畳んだ便箋の「面」を見せてくる。「丸顔」ではもう無いか、今朝がた、名乗りあったはあったんだった。息子であることを明かすかどうか迷ったが、取りあえず伏せておくことに。「美ヶ原高原みかげこうげ」たる苗字は一致してしまっては奇遇の域を軽く超えそうだったので「田中竜道りんどう」と称した。丸顔はまあ予想通り親父の氏名を述べたのだが、「シンゴ」と呼んでよというのでまあタメに近いのでそう呼び捨てることと相成った。俺がくん付けなのは知らんが。それよりも、


「……六人、が一つの所にもう集まってるってのは、既に待ち伏せでも仕掛けられてるっつうことか?」


 一旦、自分の外側に声に出して、それを咀嚼するようにまた内側に取り込んで考える。相方への問いかけも込みで。いや、集合時間前にそれぞれがやって来て自然に集まる流れになっただけかも知れない。いや、そうか?


 便箋に「表示」された地図はここ秋葉原駅周辺半径一キロくらいがすっぽりと入る縮尺になっているが、その西側、「01」とか「92」とかが書かれたオレンジ色の丸印が浮いているように描かれ、その下部から引かれた直線が、ある一点に集中していた。


 察しが良いのならここの場所に来いって、そう誘われてでもいるのか? ともかく互いの居場所は既にマーキングが為されたわけで、ここまで来たら引き返すわけにもいかない。シンゴを促しその地図が示す方へと、その小太りの身体の真後ろにくっつくようにして、人混みの中を不必要にぶつからないように留意しながら歩く。


「『ルノアール』だぁ……高いんじゃないのここぉ……」


 「喫茶室ルノアール」。俺も入ったことは無いから知らんが、高いは高いだろう。と言うか不必要な独り言はやめろ。そしてそこに気圧されている場合でも無い。看板下、地下への階段を降りろとその肉付きの良い肩を押して促す。だるだるのTシャツにしわしわの緑と黒のチェックのシャツにケミカルウォッシュのジーンズという出で立ちで、果たしてこの外観からして敷居の高そうなこの店に入れるか不安だったが、あ連れが先に来ていて……との言葉に、あちらでしょうかと慇懃に案内までされてしまう。そして、


 こいつらか。そして、こいつら六人のうちの一人、か。


 白と茶色を基調とした落ち着いた照明の空間の奥。ソファに向かい合った二人席の三つを占拠して、六人の男女。俺らが店内に入って来た時からこちらを注視……身体ごと振り向けてまで全員が注目していたのでもう間違いようも無い。ビジネススーツ姿にラフな格好、さっきも見たコギャル風の制服姿まで、まるでばらばらだが、その異質さこそが自然に思えた。


 気圧されるな。初っ端一発、カマしてやる。

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