#09or88:沈思or黙考

「天城さんは、で? この荒唐無稽な『ゲーム』に勝ちたいと、つまりは最後まで残っての『勝者』になりたいとかって考えているんですか?」


 俺が諸々定まらない思考に振り回されている間に、場は進行し始めていた。皮切りは、向かって左奥のソファ席に浅く腰かけていた黒白ネルシャツの外見に違わない陰鬱とした声。猫背により前に突き出された格好のその脂ぎった黒いテカりを擁する簾長髪で、その顔は……特に両目は窺えないが、青白い皮膚感は全体的な不健康感と相まって見る者に一律不快感を与えてくる。


 あ僕は「日置ひおき」……九十三年から来たのであまり「今」未来って感じは受けないですねまあ僕の身体はもう無いんですけどふふふ、というこれまた予想通りの喋り方に、逆に作ってないか中の奴、という懸念が湧くがいちいちそういう所に引っ掛かっていてもしょうがない。それよりこの日置という男が問うたように、各人のスタンスを表面だけでも明確にしておくのはまずは妥当な進め方かも知れない。


「四日後に『一回戦』の締め切りがあるのは周知だが、そこにはまず勝っておきたいとは思っている。その後どう立ち回るかは本当に今の時点では考えていない。『二回戦』までの二週間という時間でじっくりと、と行きたいところだ」


 見た目チャラ男の天城は顔だけを自らの正面の簾長髪男に向けると、力みも何も無くそう言ってのけるが。その言葉が真実なのか虚偽なのかは声色とか横顔の表情だけではうかがい知れなかった。


「いやていうか、勝ちたくないってヤカラがいるわけ? それなら交渉次第でいけるってこと? そこ分かんないんですけど」


 あいらは細長い人差し指を使って長い茶髪をすいと軽くかき上げると、僕も引っ掛かっていたところを鋭く突いてきた。皆それぞれに頭が回るな。この場にいるってことで既に選ばれし感というのはあるのだろうけど。


「勝ったところでメリットが無い、そんな風に考える人も当然いるんじゃあないのぉ? 勝者とやらはたったの一名。そこに至るまで全勝が求められるんでしょぉ? さくっと成仏しちまえぇってのがいても、っつぅか、それの方がマジョリティー?」


 金髪に近い茶髪のショートカット、「ボーイッシュ」という概念を具現化したような強い目力のコが紡ぎ出してきたのが甲高い、いわゆるアニメ声だったことにギャップを感じてしまうが、内容は何となく頷けるものだった。のちの自己紹介で「鹿屋かのや 知名ちな」と名乗った、見た目は二十代くらいの、着ているブラウスの胸がぱんぱんの女。あいらみたいなタイプとは相容れないだろうなと思っていたら、案の定、この二人の間に流れる空気は冷たく張りつめているように感じられた。と、


「だ、だとしたら我々が戦うことも、な、ないんじゃないですかなっ。不戦勝という、奴にはなりませんかなっ」


 こちらは性急に畳みかけるような、聞いているものを落ち着かせなくする掠れた声と喋りだ。七三リーマン、「三島みしま」というそうだ。四角いレンズの奥の目は常にせわしなく揺れている。落ち着かないな。


「三島さんが言っていることは確かに、だ。私も色々疑問に思うことがあった。あまりにも供される情報が少ないものでね。ただそれは……この『紙』に話しかけることで答えが返ってくることが分かった。何とも、面妖としか言いようがないが」


 天城はそう言いつつも、凪いだ感じであのピンクの「便箋」を軽く掲げてみせる。やはりその辺りはしっかり押さえているわけだ。そして、


「何であれ、『勝負』はしないとならないということは読み取れた。こいつを見てくれ」


<細則その二十六:いかなる場合も不戦勝・不戦敗は認められませんニャ。期日までに『対局』を行わなかった者は、未来永劫、痛みと苦しみを与えられる、皆様が想像するところの煉獄へと意識体ごとブチ込みますのニャ。死にたくても死ねない、そんな感覚をずっと感じられる場への招待とニャりますのよ?>


 「細則」出た。しかも「二十六」って、どれだけ細を穿ってるんだ。そしてあの猫耳からのふざけた返答。と、


 刹那、だった……


「で、でもですよ、これって『質問』できるってことに気づかないと、やっぱりスルーしてしまう人は出てしまうんではないでしょうか……」


 他ならぬ発言者は俺の相棒たるところの丸顔だったわけで。おい。お前が喋ったらもう俺が「喋る」ってことが出来なくなってしまうじゃねえか。


 天城に深く頷かれ、ついでに名前をと促された丸顔は、あ、シンゴって呼んでください、とそこは最小限の情報を出すに留めたので良いかと思ったが、良くも無いか。


「そう、シンゴさんの言う通り、さらにはまだこの『手紙』にすら気づいていない人もいるはずだ。そいつらが生霊となろうとどうでもいいはずだが、何であの猫神が私らに勝負させるのにこだわっているか、そこが焦点かと思われる」


 天城の思考は鋭くそして深すぎるので聞いてる俺としては何のことやらという感じだったが、さらにこちらに掲げて見せていた便箋を軽くそのごつい指でフリックして見せた。そこには、


<細則その三十一:対局により勝った相手は、負けた相手の『能力』を受け継ぐことが出来るのですニャ。唯一それだけが『過去』『未来』を変える可能性を持った『事象』……これはもう戦いまくるしかニャいですよね? クフフフ時には『戦わせる工夫』も必要ニャのかも知れませぬよ?>


 何だこれ。完全に話しかけてくる感じの口調にも面食らったが、それ以上に意味がまったく掴めないのだが。

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