第45話「違和感がすごい」

 津久田たちに呼ばれていると思われる人たち以外、広い二階の部屋に集まっている。


 千歳は静江さんと同様、ニーナのすぐ近くに寄り添っていて俺に微笑を向けた。

 ニーナの方はと言うと俺を見てホッとしている。


 メイドたちから聞いたシフトの人たちに順番に話しかけていく。


「変わったことですか?」


「気になったことですか?」


 彼らは戸惑いながら返事をくれる。

 当たり前だけどヒントになるような内容は何もない。


 すぐには思い出せなかったけど、落ち着いて考えたら思い出した──という情報も今のところないようだ。


「ありがとうございます」

 

 俺は笑顔で礼を言って水分補給をして疑問を抱く。

 ……意外と空気が悪くないな。


 殺人事件が起こって自分たちに嫌疑がかかってるとなれば、もっと取り乱したりイラついたりする人が多いんだけど。


 まさかと思うけど今回の事件、すべて仕込みってわけじゃないよな?

 知らないのは俺、千歳、ニーナの三人だけだとしたらどうだろう?


 ……俺はそっと千歳に手招きをして、部屋の外に連れ出した。


「なあ、変な考えを思いついたんだけど」


 誰もいない場所に肩を並べつつ、小声で切り出す。

 こういうことを相談できるのは彼女しかいない。

 

「今回の事件がすべて茶番、もしくはドッキリの可能性ですか?」

 

 千歳の反応に思わず息を飲む。

 いくら何でも勘がよすぎるだろうと、俺でも思ってしまった。


「わたしも違和感を持っているんです。ニーナさん以外のみなさんが冷静すぎますよね」


 千歳はニコリとしながら、俺と同じ疑問を抱いたと明かす。


「他のメンバーは元春氏がニーナに仕掛けたドッキリで、俺と君も知らされていないと考えているという線はどうだろう?」


「ありえると思います。死人が出て誰もパニックにならず、警察の言うことを素直に聞いているというのは、ね」


 千歳は賛成してくれた。

 そうなんだよな。


 殺人者がいる場所から逃げようとする人間もいないことだって変だ。

 頼るべき警察も警部が二人だけじゃ心もとないって思わないものだろうか?


「考えられるのは二つかな」


 と俺が言うと、


「一つはこれが元春さんのたくらみで、わたしたちが引っかかっている可能性。もちろん警察のお二人もグルでしょう」


 と千歳が応える。

 

「もう一つはそういうイベントのはずだったけど、本当に殺人事件が起こってしまった」


 と俺がまた言うと彼女はこくりとうなずく。


「光彦さんの能力は異能が使われたかどうか? までしかわからないですよね」


 と彼女は確認してくる。


「ああ。異能を使って元春さんを攻撃した人間がいたのは事実だ。その結果、元春さんが死んだかどうかまでは断定できない。まったく不便な能力だよ」


 俺は舌打ちしたい気分だった。


「元春さんがもし亡くなっていない場合、警察のお二人は他の関係者の思い込みを利用している可能性がありますね」


 彼女の指摘はもっともだ。


「さすがにあの二人が死体の偽装にだまされるとは思えないからな。一応確認はさせてもらったほうがいいか」


 死人が出てないのは喜ばしいかぎりだけど、人騒がせなイベントだったなら一言情を言っておきたい。


 もちろん加担した警察関係者にも。


 俺たちが津久田たちに会いに行くと、ちょうど話が終わったところらしく、光翼寺が出てくる。

 

「あら、光翼寺先生」


「たしか烏山さんだったかしら」


 疲れ切った顔で千歳の呼びかけに彼女は反応し、二人の女性たちは立ち話をはじめた。


「お疲れさまです。大変でしたか?」


「ええ。どこで仕入れたのか知らないけど、私が元春氏を殺害する動機を持っているなんて! そりゃ恨みはないとは言えないけど、それだけで依頼人は殺さないわ」


 光翼寺は憤慨した表情で早口にまくし立てる。

 とてもじゃないけど演技だとは思えない。


「だいたい怒りや憎しみで人を殺したら、世の中めちゃくちゃになってるでしょう!?」


「同感です」


 この光翼寺の叫びには共感できたので、大きくうなずいた。


「でしょ!?」

 

 味方を見つけたと言わんばかりに彼女は食いついてくる。

 

「だいたい何でこんな孤島で事件を起こすのよ。容疑者も少ないし、逃げるのだって難しいじゃない!」


 と彼女の言葉の勢いは止まらない。


 言うことがいちいちもっともだと思うし、さすが現役のミステリー作家だと納得させられる。


「……ごめん。愚痴を言うつもりじゃなかったんだけど」


 やがて彼女は我に返る。

 未成年に当たり散らすような言動をしたと反省しているようだ。


「いえ、お気になさらず。むしろ俺たちを信頼して本音を打ち明けていただいて、うれしかったですよ」


 と愛想笑いを返す。

 この程度で腹を立てていたら、探偵稼業なんてとてもやってられない。

 

「ごめんね。頭を冷やしてくるわ」


 光翼寺はもう一度謝り、右こめかみに手を当ててため息をつきながら立ち去る。


「とても演技には見えなかったな」


「ええ」


 俺たちはもちろん決めつけない。


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