第44話「高校生探偵なんてフィクションみたい」

 俺はひと部屋ずつ順番に異能を発動させ、犯行現場となってないか確認していく。

 廊下などをスルーするわけにもいかないから余計に時間がかかる。


「わたしもお手伝いできたらいいのですけど」


 と千歳が何かを期待するような視線を向けてきた。


「ダメだ。俺一人でやる。……君なら今回の事件の犯人に狙われても、返り討ちにできるかもしれないけど」


 俺の返事に彼女は少し困った顔をする。


「来るとわかっていれば、遠距離攻撃にも対処できるだろう?」


「否定はしませんけど」


 彼女が言いたいのは「自分も役に立ちたい」ということだと気づいているけど、俺は気づかないふりを貫く。


 千歳なら俺の心理を見抜くことは造作もない。

 俺の意思は固いと察して諦めたように微笑む。


「ではわたしは関係者の下に移動しましょうか? 好き勝手動き回らないように、けん制するくらいはできると思います」


「ああ、頼むよ」


 彼女の提案を認める。

 二人でずっと行動しているのは効率はかなり悪いからな。


 今まで言わなかったのは他のやり方で役に立つことを、俺が許可を出すことを期待していたのか。


 ……ダメだと思う。

 千歳と離れたことで犯人は俺たちを狙いやすくなった。


 もっとも今回の犯人は俺たちが脅威になると知ってるか怪しいんだけど。

 

 やっぱりと言うか何事も起こらないまま、俺はホテルの一階フロアに出て、メイドの二人組とばったり遭遇する。


「あれ、動いてるんですか?」


「幡ヶ谷様。みなさまのために飲み物や軽食を、警部さんたちに許可をいただきまして」


 年長のメイドが俺の問いに答えた。


「一人で行動しないことを条件に許していただいたのですよ」


 若いほうのメイドが言う。


「じゃあ俺もついていきますよ」


 女性二人だけだと今の状況だと少し不用心だ。

 あとこの二人から話を聞き出すチャンスでもある。 


「ありがとうございます」


 俺がボディーガードになると判断したのか、年長の女性が礼を言う。

 三人でキッチンに行ったところで、


「まさかこんなことになるなんて」


 と若いメイドがこぼす。


「高名な人のところで働けば安泰だし、キャリアになると思ったのに」


 彼女はどうやら元春老人に雇われることについて、深く考えなかったらしい。

 年長の女性も黙って聞いている。


 止めても無駄だと思っているのか、あるいは言葉にしないだけで同意見なんだろうか。


「幡ヶ谷様は探偵でいらっしゃいますよね? 何でも警察と協力関係にあるとか?」


 年長のメイドの矛先がいきなりこっちを向く。


「ええまあ」


 無視するわけにはいかないので返事をする。


「すごいですわね! てっきりフィクションだけのことかと思っていました」


 若いメイドが華やいだ声を出す。

 たぶん年長メイドの狙い通りだろうな。


 俺たちの存在がフィクションみたいだというのは、割とよく言われることだ。


 もっとも異能だって一般人の間では、フィクションみたいな存在に位置づけられたりしているんだけど。


「はは、あんまり宣伝してないですからね」


 と答える。

 俺たちが有名になるメリットっていうのはあんまりない。


 特に凶悪な犯罪者相手に顔や手の内を知られるのは好ましいことじゃないのだ。

 だから今回の事件のケースは何とも複雑な気持ちになる。


 犯人の恨みが本物だったなら、俺たちがいないところで発生していた可能性が高いし。

 

 抑止力ってやつは個人じゃなりようがないなって思う。

 

「今回の事件でも何か手がかりをつかんでいるんですか?」


 若いメイドはぐいっと身を乗り出して訊いてくる。

 香水か何かのいい匂いがした。


「まだ何にもわかってないんですよ」


 可愛らしい女性の距離の近さにドキッとしながら愛想笑いで応じる。

 千歳で慣れてなかったらきっと平常心は保てなかったな。


「そうなんですね! そんな簡単にはいかないかなぁ」


 若いメイドが言ってると、年上メイドが


「いい加減にしなさい」


 と彼女をたしなめる。

 ちょっと安心した。


 せっかくのチャンスなのに彼女たちの雑談につき合うだけじゃ意味がない。


「何か変な音とか聞きませんでした?」


 と訊いてみる。


「警部さんたちにも訊かれましたけどね」


「わたしたち、当時は厨房で働いていたので、何も気づきませんでしたよ」


 二人とも困った顔で返事したけど、これは想定通りだ。

 

「やっぱりそうですよねー」


「旦那様が殺害された方法、わからないのですか?」


 年長メイドが手を動かしながら、逆に訊いてくる。


「ええ。今のところは」


 適当に答えながら、俺は本命の質問をした。


「午後六時から八時まで、一階のフロアで働いていた人たちって誰なんでしょうか?」


「そのシフトなら警察にも伝えましたが」


 と年長メイドが教えてくれる。


「ありがとうございます」


 礼を言うと二人はそろって首をかしげた。


「何か役に立ちましたか?」


「ええ、もちろん」


 俺はにこりと微笑んで、彼女たちに同行して夜食と飲み物を運ぶ。


「恐れ入ります」


「お客様のお手をわずらわせるなんて」


 と最初断ったあたり、二人ともプロフェッショナルだなと感心する。

 

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