第42話「元春は孫娘が可愛かった」

 ニーナは二つ隣の部屋に座って待機していて、いつものように静江さんに付き添われていた。


「ニーナ」


 俺が声をかけると彼女は泣きはらした顔をこっちに向ける。


「……次、あたしの番なの?」


「ああ、よかったら来てくれないか」


 と頼むと彼女はじっと俺を見つめて、


「光彦たちもいる? 静江は?」


 質問を放つ。


「俺たちも立ち会うよ。静江さんにも話は聞かなきゃいけないから、一緒でかまわないだろう」


 答えた。

 警察側としてもその程度の配慮はしてくれるだろう。


「わかった。それならいいわ」


 とニーナは返事する。

 静江にも異論はないらしく、俺たちにそっと目礼をした。


 静江をともなってニーナは津久田たちが待つ部屋に足を踏み込む。


「来たか」


 ニーナは立ち止まって、元春老人の遺体があったほうへ目をやる。


「つらいでしょうけど、事件解決のために話を聞かせてね」


 という鷲沢の言葉に彼女はこくりとうなずく。


「まず事件が起こった前後のことを訊きたいんだが」


「だいたい光彦たちと一緒にいたわよ。あたしも静江もね」


 とニーナは即答する。

 津久田たちの視線がこっちに来たのでうなずいて肯定した。


「この二人に犯行はほぼ無理でしょうね。俺と千歳に気づかれないように実行したと言われたら、反論はできないですけど」


 と俺が言うと、


「光彦さんが気づかないレベルの犯人なんて、たぶんこの世にはいませんよ」


 千歳がフォローするつもりか、持ち上げてくる。

 

「だといいがな」


 津久田は否定的な反応をした。

 彼の立場からすれば当然だろう。


 俺はあくまでも民間人にすぎないし、一個人の力を信じすぎるわけにはいかない。


「え、もしかしてあたしたちも疑われているの?」


 ニーナが驚きがにじんだ声をあげる。


「容疑者から外すために話を聞かせてもらいたいんだよ」


 と俺が言った。


 これは警察関係者が言うよりも、個人的に交流がある人間が言うほうが届く場合が多い。


「……わかった。知ってることを話すわ」


 とニーナは言い、彼女の肩をそっと静江さんが抱く。

 姉妹か、従姉妹のような関係のようだなと思いながら二人を見守る。


「これは訊かないといけないことなんだが、元春氏のことを恨んでいた人間を知っているか?」


 津久田の問いに彼女はうなずいた。

 

「あたしの両親もおじい様のことをきらっていたし、千崎だってたしか父親がおじい様のせいで破産したはずよ」


 彼女の発言に静江さん以外の全員が息を飲む。


「千崎さんも元春氏を恨んでいた可能性があると?」


「さあ?」


 鷲沢の問いにニーナは肩をすくめる。


「本当のことはわかんないわ。仲がよかったなら恨んでるだろうけど、あたしだったら両親が殺されたとしても何にも感じない。復讐なんて考えもしないから」


 彼女は両親と折り合いが悪いからか、千崎さんのことを本気で疑っているわけじゃなさそうだ。


「君が感じた隠しごとの気配ってこれかな?」


 と俺は小声で千歳にささやく。


「かもしれませんね」


 彼女の答えは慎重だった。

 他にも隠しごとをしている可能性はないわけじゃないか。


「さて君は驚いていなかったようだが、ニーナさんが言ったことは知っていたのかな? ええと」


「土屋静江と申します」


 静江さんはお辞儀をして名乗った。


「わたしは旦那様から聞かされておりました。もしもの際、ニーナ様をお守りするようにとご命令も頂戴しておりました」


 静江さんは淡々としたことでとんでもないことを言い出す。

 ニーナは愕然として彼女を見上げる。


「しず、おじい様にそんなこと言われてたの!?」


「はい。ニーナ様のためなら、と」


 静江さんは動じず答えてちらりとこちらを見た。


「幡ヶ谷様と烏山様がお気づきになるかもしれませんので先に申し上げますと、わたしも異能使いですから」


 彼女はさらにカミングアウトする。


「……この状況でそれを言う意味はわかってるんだな?」


 けわしい顔で津久田が問いかけた。


「ええ。後ろ暗いところはないですし、早めに申し上げて嫌疑をかけられないようにしたいと存じます」


 彼女の考えは冷静でクレバーだと思うけど、うろたえる人たちが多い中でこの立ち回りはかえって津久田の警戒心をあげたらしい。


「ここで使って見せてもらおう」


 と津久田は言って俺に目くばせをする。

 

「もちろんです」

 

 静江さんは返事をして、


「わたしの異能は【顔のない女(メリュジーヌ)】です」


 説明とともに能力を発動させ、彼女の周りにいくつもの水球が出現した。


「水を作り出したり、操作したりできます。有効距離は1メートルほどですが、水を毒に変えたり、液体の毒なら無害化させることも可能です」


「……メチャクチャ強そうだな」


 静江さんの説明を聞いた津久田が顔をしかめる。


「護衛にも暗殺にも有用な強い異能ですね」


 と俺が評価を告げると、


「旦那様も同じことをおっしゃいました。ですからニーナ様につけられたのです」


 静江さんは能力を解除しながら応じた。

 

「孫娘可愛さってことか」


 と津久田は言ったが、同意見である。

 自分にじゃなくてニーナにつけていたなんて。


「おじい様……」


 ニーナのつぶやきが切ない。

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