第41話「使用人たちにアリバイはない」

 千崎さんが引っ込んだあと、千歳がそっと右手をあげて発言する。


「あの方が一階のフロアにいるのは二回ほどわたしが目撃しました」


「いつ頃だ?」


 すかさず津久田が食らいつくように質問した。


「わたしの体内時計ですと20時5分すぎと20分すぎです」


 彼女の答えを聞いた警察二人の視線が、こっちに向く。


「千歳の体内時計なら誤差があってもせいぜい1分程度でしょう」


 言われなくても二人の訊きたいことを察したので証言する。


「20時4分から6分、19分から21分か。弱いな」


 津久田の言葉に俺も賛成だったし、鷲沢も同意した。


「遠距離タイプでしたら人の目を盗んで標的を殺害するのに、10秒も必要ないでしょう。……アリバイを確定できる人はほとんどいないでしょうね」


 彼女の憂うつそうな発言に津久田はうなずく。


「ああ。一分どころか10秒も目を離さないなんて無茶は話だからな。異能を使った犯罪はだから厄介なんだ」


 と言って彼は舌打ちをする。

 

「同感ですね」


 犯行を目撃した人でもいないかぎり、容疑者を絞り込むのは至難の業だ。

 それでも事情聴取はやらないわけにはいかない。


「お前さんが一瞬で犯人を特定できる異能でも持ってりゃ、話は早いんだがな」


 津久田はもう一度舌打ちをする。

 千歳がぴくっと眉を動かしたので、目で制した。


 彼の今の発言はいやみじゃなくて愚痴にすぎないし、感情的には俺も同じである。


「そんな便利な異能はまだ見たことがないですね。異能を手にしても使う人ばかりじゃないとは思いますけど」


 と俺は肩をすくめた。

 異能使いだと知られると、人外のバケモノ扱いされることも少なくない。


 そういったことを恐れて使おうとしない人だっている。


「……ところで千崎氏の発言はどの程度信じてもよいでしょうか?」


 と鷲沢が疑問を放つ。


「というと?」


「雇用主が亡くなったからと言え、少し口が軽いという印象です。仇を討ちたい一心だと言われると、反論は難しいのですが」


 津久田に続きをうながされ、彼女は自分の見解をしゃべる。

 正直なところ俺も似たような意見だった。


「忠義に篤い人間が亡くなった主人の評判を下げることを、あんなにもぺらぺらしゃべるのはおかしい。そう言いたいわけだな?」


「ええ」


 津久田の問いかけに彼女はきっぱりと肯定する。


「言いたいことはわからんでもない。ただ、警察が調べればすぐにわかることだと考えた、で説明はできる部分だがな」


 津久田のほうはあまり変に思っていないらしい。

 

「たしかに警察相手に隠しごとはできないと思ったなら、わかりますけど」


 と千歳は言うが、俺は首を横に振る。


「そんなあっさり諦めて全部しゃべる一般人が何人いる? たいていの人は警察に突っ込まれるまで黙ってるだろうに」


 あくまでも彼女に向けての発言だったけど、鷲沢が反応した。


「ええ、わたしも光彦くんに同じ意見です。現状、わたしたちは二人しかいません。調査しようにも限度はあります。この状況でわたしたちに全面的な協力をしてくれるのは、この二人くらいしかいないほうが自然ではないでしょうか?」


 と彼女は語る。


「……一般人は警察をわかっちゃいないから、往生際が悪いヤツが多いってのは否定しないがな」


 津久田は認めながらも賛同するつもりはないらしい。

 二人の意見がここわかれてしまうのはちょっと面倒だな。


「千歳はどう思う?」


 こういう時、頼りになるのは千歳だ。

 彼女は観察力、洞察力、直感のどれも優れている。


「難しいですね。千崎さんの発言に後ろ暗いものはなかったと思いますけど」


 と千歳は言うが、表情には迷いがあった。


「何か引っかかる部分があるのか?」


「ええ。わたしの勘ですけど、たぶん何か隠していると思います」


 と彼女は俺の問いに答える。


「千歳さんの勘だけじゃ動けないわね」


 鷲沢は否定こそしなかったものの、それだけじゃ困るという顔だった。

 

「その子の勘が百発百中だと仮定しても、個人の勘を証拠として採用するわけにはいかないからな」


 と津久田が現実を語る。

 

「あとになるが千崎のことも調べないとな。次の人を呼ぶとしよう」


 と津久田が言ったので、俺たちがそれをおこなう。

 使用人たちの話を順番に聞いていくが、めぼしい情報は何もない。


 ホテルの広い範囲で仕事に集中していたのなら、近くの人間の動きを注視していないのは当然なんだけど。


「無理ないが、誰もアリバイはないか」


「こういう場合、アリバイが成立するほうが怪しい説までありますしね」


 と津久田と鷲沢は話しあう。

 鷲沢の言うことはわかる。


 事件が起きることを想定していないなら、周囲の視線なんて考えもしないだろう。


 そして異能が絡んでない場合は、逆に使用人たちの多くはアリバイ成立するのも面倒なところだ。


「次は招待客たちだが、その前に元春氏の孫娘にも話を聞いてきたいな」


 と津久田が言う。

 関係者という枠組みでなら外すわけにはいかない存在だ。


「じゃあ俺が呼びに行きましょう」


「任せた」


 と津久田は答える。

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