第40話「明かされた事実がとんでもない」

 まず呼ばれて尋問されたのは千崎さんだった。


「最後に元春氏を見たのはいつだ?」


「20時頃だと記憶しています」


 津久田の問いに彼は即答する。


「なぜはっきりと言える?」


「旦那様は時間に几帳面な方でしたので、部屋に入る際はいつも時計を確認なさいます」


 当然の疑問にも彼はまったく動じない。

 あとで裏を取ろうという風に津久田と鷲沢は視線をかわす。


 証言が事実なら彼らの時計がみんなズレていたか、あるいは千崎さんが犯人でないかぎり信じていいだろう。


「元春氏が部屋に入ったあと、どうしていたんだ?」


「部屋のカギをお預かりして職務に戻りました」


「職務? 何をしていた?」


 千崎さんが元春老人についていない時、何をしているのか。

 

「一階のフロアに戻り、全体の監督をしていたとしか申し上げられませんね」


 と彼が言う。

 

「一階のフロアにいたのなら、目撃者はいるかもしれないな」


「目立たない位置にいたのですが」


 津久田の言葉に対して千崎さんは困惑をにじませた。


 まあ目立たない立ち位置の確保を日常にしていると、こういう時は不利になっちゃうよなと同情はする。


「まあまあ、別にあなたを疑ってるわけではないですから」


 と鷲沢がなだめた。


「はぁ」


 さすが千崎さんは態度には出さない。


「何か変わったことに気づかなかったか?」


 津久田のこの問いに彼は首を横に振る。


「旦那様の仇をとるためにも、お役に立ちたいのですが」


 表情を見るかぎりだと本音を言っているようだ。

 もちろん、俺の目をあざむく演技力の持ち主かもしれないけど。


「それなら元春氏を恨んでいた人間、容疑者になりそうな人間を教えてくれないか?  実業家として有名な人だったんだ。あなたなら心当たりはあるんじゃないか?」


 津久田がストレートに切り込む。


「……今日のイベントの参加者から、そちらのお二人を除いた全員です」


 少しの間を置いて、こちらを見ながら千崎さんは苦い顔でとんでもない発言をする。


「……はぁ!?」


 津久田と鷲沢がたっぷり五秒くらいは沈黙したあと、目を見開いて叫ぶ。

 俺も思わず声を出していたし、千歳は一人だけギリギリのところで堪えていた。


「この二人以外全員だと!? まさかと思うが、ミステリー作家の光翼寺もか!?」


 津久田は詰め寄りたいのをどうにか我慢した、という様子で問いかける。

 千崎さんは苦渋の顔をしながら、黙って首を縦にふった。


「……どういうことなんです?」


 と鷲沢はやや冷静に彼に問いかける。


「あくまでも旦那様を狙ってもおかしくないかもしれない、という私の主観での話だと断らせていただきます」


「当然ですね」


 千崎さんの保身っぽい発言に、鷲沢は冷静に対応した。

 

「光翼寺様の祖父はかつて旦那様の商売敵でして、競争に敗れて一家が離散する事態になっていたそうです」


「……それはたしかなんですか?」


 突然明かされた重い話だからか、鷲沢が訊き返す。


「はい。調べたのは私と先代の執事の二人ですから」


 と千崎さんが答える。


 彼の話によればかつて自分が競争で勝った一家の末路を、元春老人は知りたがったらしい。


「当時私も先代も、余裕ができたことで何らかの救済の手を差し伸べるのかと思ったものです」


 元春老人の恐ろしさ、えげつなさを知らなかった、浅はかだったと自嘲しながら千崎さんは話す。


「まさかと思うが……元春氏は自分が勝者と確認するために、かつて自分が破滅に追いやった関係者を集めたとでもいうのか?」


 津久田が理解できないという表情で疑問を言語化する。

 俺もだし、千歳も彼に全面的に賛成だった。


「おそらくは」


 苦しそうな表情で千崎さんが認める。


「そりゃ恨みを買うし、殺されるような結果になりますよ」


 さすがに言わざるを得ない気分だった。

 なぜ自分を恨んでいそうな人間をわざわざ集めたりしたんだろう。


「お前たちにはどうせ何もできない、とあざ笑うつもりだったのかしら」


 鷲沢は表情をしかめたまま言った。


「俺らを今回呼んだのは、一応は危険を考慮してたのかもしれないがな。だったら最初から危ないまねをするんじゃねえって話だ」


 と津久田が吐き捨てる。


 亡くなった人を悪く言うのはよくないとは思うんだけど、いくら何でも元春老人はひどすぎだよ……千崎さんの話が事実ならだけど。


「他の参加者についても一応聞かさせてもらおうか?」


 と津久田は言った。


「かしこまりました」


 千崎さんは次々に話していく。

 だいたい光翼寺と似たような境遇の人たちらしい。


 元春老人の手で破滅させられた本人だけはいないようだけど。


「わかった。じゃあ下がってくれ」


 津久田は用は終わったと言う。


「はい。なにとぞ、犯人を見つけてください」


 と言って千崎さんは頭を下げて部屋を出て行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る