第39話「ニーナは仇を取りたい」

「次は事情聴取の前に、一つ確認しておきたいことがある」


 と津久田が再び俺に目をやった。


「あ、やっぱりですか?」


「もちろんだ」


 俺の言葉に彼はうなずく。


 異能が使われたのか、使われたのならどんな能力だったのか、俺がいれば絞りこむことは可能だ。


「通報は最優先だし、犯行に異能が使われたとはかぎらない。使われたとしても、犯人に君の情報を与える必要はない」


 だからこのタイミングなのだと津久田は語る。

 この人は俺の異能についてある程度のことを知ってるけど、犯人は違う。


 自分の犯行と顔をピンポイントで特定できるかもしれない異能使いなんて、想像すらしていないだろう。


「君の異能で犯人が特定できるなら、それが一番だ。わかっているから、君もいるのだろう?」


 と訊かれた。

 

「ええ。そうです」


 俺のことについても津久田は把握している。

 というわけで俺は再び異能を発動させ、すぐに違和感を持つ。


「……ダメですね。これはこの部屋の近辺で、異能は使われていないってことになります」


 俺は能力をキャンセルして、津久田と鷲沢に報告する。


「……遠距離タイプの能力ってことね」


「まあ、そんな都合のいい展開がいつもあるわけないよな」


 鷲沢は考え込み、津久田は舌打ちをした。

 もともと期待はあまりしてなかったのか、二人ともがっかりしていない。

 

「遠距離タイプだと厄介かもしれませんね」


 と千歳が指摘する。


「たしかにな」


 犯行現場が特定しづらいし、意識の外から能力を使われるかもしれない。

 

「ふん、君たちはあくまでも補佐役だ。矢面には俺たち警察が立つ」


 と津久田が言う。

 

「当然ですね。あなたたちはあくまでもアシスタント。危険と戦うのはわたしたちの役目よ」


 と鷲沢も微笑む。 

 責任感のある二人だし、お言葉に甘えよう。


 人を殺してる異能使いなんて、できれば関わり合いになりたくない。

 俺たちの存在が最後まで知られないなら、それが理想だ。


「事情聴衆だが、君たちにも立ち会ってもらうぞ」


 と津久田から指示が出る。


「えっ? それをやると目立つのでは?」


 矢面に立たなくてもいいっていう話だったはずだけど?

 困惑して訊き返すと、


「人の口に戸は立てられん。千崎がここに君たちもいることを、誰かにぽろっと話した可能性はあると思っておくがいい」


 と津久田の話になるほどと思う。

 千崎さんは俺が「幡ヶ谷昭彦の孫」なのは知ってるしな。


 悪意なく誰かにしゃべったかもしれない。


 別に計算されたわけじゃないんだろうけど、このタイミングで部屋のドアがノックされた。


「津久田警部、鷲沢警部、メイドたちを呼んでまいりました」


 と千崎さんの声が聞こえる。


「わかった」


 津久田と鷲沢は部屋の外に向かう。

 死体がある部屋での話はできないよなぁ。


「遺体を保存しておくタイプの能力は使える?」


 鷲沢に訊かれたのでうなずいた。

 島の外に送った能力に異変は今のところない。


 この分だと明日には警察がやってくるだろうし、備えはしておくほうがいいだろう。


【新しい季節を君は知らない(スタグネーション)】


 俺が使ったのは、指定した空間の時間の流れを止める能力だ。

 生き物には効果がないけど、元春老人の遺体を保存するのは平気だろう。


 ドアの向こうに泣いたり動揺したり落ち着いたりしてる雇われ人たち、それから真っ赤に泣きはらしたニーナの姿がある。


 ニーナは俺と千歳を見つけると、まっすぐにやってきた。


「お願いが、あるのっ……」


 目からぽろぽろと涙をこぼし、言葉をつっかえながら、つむがれる言葉については予想がつく。


「おじい様の仇を、誰が殺したのか、見つけて」


 やはりと言うべき訴えで、聞いた人間の中で驚いた者はいない。


「警察がいるさ。津久田さんも鷲沢さんも頼りになるから、安心するといい」


 俺の意見は残念ながら彼女には響かなかった。

 

「警部が二人だけ、じゃない……」


 とニーナは二人をにらむ。


 彼らが悪いわけじゃないけど、現場指揮官クラスしかいないのは、バランス以前に圧倒的な戦力不足だ。


 もしかしたら犯人が聞いてるかもしれないし、この中にいるかもしれないので、応援が着く予定だとはばらせない。


 ちらりと津久田と鷲沢を見ると、二人とも仕方ないという顔をする。


 俺と千歳がアシスタントとして動くのは決定なので、話してもかまわないという判断だ。


「わかった。できるかぎりのことはしよう」


「本当!?」


 俺の返事を聞いたニーナの瞳に希望が宿る。


「ただし俺たちだって仕事なんだ。依頼するからには報酬をもらうよ?」


 と彼女に言い放つ。

 探偵なんていう職業の宿命だ。


 大切な肉親を殺されて悲しんでる人、苦しんでる人相手でも、先立つものはきちんと請求しなきゃいけない。


「うんっ、好きなもの、言って。お金ならあるし、おじい様が美術品だって、集めていたから」


 ニーナは腕を悲しみや悔しさで震わせながら答える。

 俺は小さくうなずき、


「千歳」


 と声をかけた。


「承知しました。ではニーナさん、報酬に関する話をわたしからさせていただきます」


 千歳はいつもの様子で彼女に話しかける。

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