第37話「異能使いなら密室も意味がない」

「とりあえず現場保存を優先させてもらう。みなさんは部屋の外に出てください」


 という津久田の指示に俺と千歳以外は従う。

 俺たちの姿に気づいた彼は舌打ちをする。


「お前らも外に出やがれ。高校生がうろうろするな」


「もっともなんですけど、俺が必要かもしれないでしょう? 違うなら退散しますよ」


 と答えた。

 殺人事件となると自分の主義主張を優先させるわけにはいかない。


 それもさっきまで会話した相手なのだ。


「お前が必要になる状況がそんなざらにあってたまるかよ」


 津久田は吐き捨てる。

 同感なんだけど、最初から決めつけるのは危険だと思う。


「どういう状況なのですか?」


 千歳は津久田ではなく忙しそうに動き回っている鷲沢に話しかける。

 質問に答えてくれそうなのは、たしかに彼女のほうだ。


「まだ断定はできないけど、現場は密室だった可能性が高いわね。凶器は見ての通りで心臓をひと刺し」


 と鷲沢が話す。


「鷲沢警部補!」


 津久田が彼女を叱責する。


「この二人は身元も能力もたしかですし、捜査員が到着する間だけでも協力者として扱ったほうがよいのでは? 二人だけじゃ絶対手は足りませんよ」


 鷲沢はまったく動じることなく、動きを止めて彼に提案した。


「くっ……」


 津久田がひるんだのは「二人だけじゃ手が足りない」せいだろうと思う。

 

「手伝うならいいだろう。手袋は持っているか?」


 彼はいやそうな顔で俺たちの協力を認める。


「もちろん」


 と俺が答えると千歳がそばに持ってきて、手袋を差し出す。

 当然彼女は自分の分も持っている。


「お前ら、着飾っている時でも持ち歩いているのか?」


 津久田の表情の筋肉が引きつった。


「プロ探偵の鑑と言うべきね。すばらしいわ!」


 対照的に鷲沢が称賛してくれる。


「そんなんじゃなくて、ただの経験則です」


 と俺は説明した。


「似たような状況、過去にありましたからね」


 千歳が苦笑いしながら補足する。

 今日と言うか、この島で本物の事件が起こるなんて想定していたわけじゃない。


「……お前ら、事件に巻き込まれやすいんだな。相変わらず」


「依頼されるほうが圧倒的に多数ですよ」

 

 津久田の言い方が不本意だったので、認識を正してもらおうと試みる。


「バカ言え。警察でもないやつが人生で二回以上事件に遭遇したら、充分多いんだよ」


 津久田は呆れたようだけど、これは彼のほうが正しいか。


「もしかして俺、感覚がマヒしていたのかな?」


 千歳に振ってみると、


「わたしもです。津久田警部がおっしゃることはもっともだと思います」


 彼女もほろ苦い表情になっている。

 

「気づいたんなら話は早い。なるべく普通の暮らしをすることだな。お前らみたいなガキが、こんな血なまぐさい環境に来ることはない」


 津久田は乱暴な口ぶりだったけど、俺たちへの配慮がにじんでいたので何も言えなかった。


「残念だけど俺には他に能がないんですよね。千歳はほとんど何でもできるんですけど」


 俺にとっての一番の問題である。


「またそんなことを言う」

 

 だけど鷲沢は本気にしていないのか、小さい子どもをたしなめるような目を向けてきた。


「お前ら、手を動かせ」


 津久田に言われたので作業に戻る。

 

「死亡推定時刻の割り出しだが……」


 と彼は言ったので、


「詳細は無理でもこの部屋に入るのを見た人ならいるかもしれませんね」


 意見を出してみた。

 何しろこのホテルのオーナーであり、イベントの主催者でもある。


 そこらにいるメイドや執事の誰も姿を見ていないのはありえないはずだ。


「もっとも証言者が信用できるのか、裏を取る必要があるがな」


 と津久田は言う。

 まあ犯人がいたら、本当のことを話すはずがない。


「明らかに矛盾することを言ったら怪しまれると考えて、本当のことを話すかもしれませんよ」


 と千歳が指摘する。


「それならそれでもかまわん。必ず犯人を見つけ出してやる」


 津久田は義憤に燃える目で決意を話す。

 

「頼りにしてますよ」


 と俺は言ったが世辞じゃない。

 津久田はいくつもの事件を解決しているやり手だ。


「ふん」


 津久田はくだらないとばかりに鼻を鳴らす。

 

「あなたたちもね。どうやらこの部屋は完全な密室だった可能性が高いようだから」


 と鷲沢が言う。


「密室だと? あり得るのか?」


 津久田が信じられないと声をあげる。


「アリ一匹が出入りする隙間ならあるかもしれませんが、犯人と凶器が出入りするのは不可能だと断言できそうです」


 鷲沢はクールな表情で言いきった。


「密室殺人、ですか?」


 千歳が首をかしげる。


「ええ」

 

 鷲沢はうなずいた。


「それが事実だとしても、不可能犯罪とは言わせない。なあ、幡ヶ谷光彦?」


 と津久田がこっちを見てくる。


「そりゃ異能使いならできますからね」


 俺は即答した。


「部屋を密室にする能力、離れたところで武器を作り出し操作する能力、あるいは空間を超えて物を移動させる能力。簡単に思いつくのはこの三つですね」


 有力そうな候補をひとまず挙げてみる。

 最初の能力なら脅威度は低いだろうし、ありがたい。


 もちろん一番は何らかのトリックを使っただけで、異能が使われてないことだけど。

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