第36話「第一の事件」

「楽しみだな」


 とワクワクした様子で悲鳴が放たれた場所へ向かう人もいる。


「不謹慎だとは言えないか。そういうイベントだもんな」


 不満をこぼしたのは津久田警部だった。

 真面目な人にとってはこの手のイベントは、眉をひそめたくなるか。


 むしろよく参加したなって思うくらいだけど、元春老人の影響力がそれだけあったということかな?


「まあまあ、かまわないじゃないですか」


 と笑顔で鷲沢がなだめている。

 彼女のほうは何とも思っていないらしい。


「君たちも参加するとは意外だな」


 と津久田の矛先がこっちに向けられる。


「エンタメと現実は別物でしょう」


 実のところ彼の気持ちはわからなくもないんだけど、楽しみにしていたニーナが気の毒だ。


「そうね。むしろ悲劇に立ち向かおうとしていると、称賛されたいものだわ」


 当のニーナ自身は気にした様子もなく、果敢な笑みを浮かべる。


「……まあエンタメは重要ですな」


 と津久田は目をそらす。

 その様子からは少なくとも元春老人に対する遠慮はうかがえた。


「エンタメと現実を混同するなよ」


 俺は独り言をつぶやき肩をすくめて、集団の最後尾に回る。


 千歳は俺の隣、俺たちに気づいたニーナもこっちに寄ってきて、静江さんはニーナについてきた。


「最後尾でいいの?」


 とニーナは訊いてくる。


「イベントならきちんと参加者全員に説明され、手がかりも提示されるだろ。順番は気にしなくてもいいはずだ」


 俺が話すと彼女はなるほどと納得した。


「光翼寺先生はフェアな人で、イベントでも作品でもきちんと手がかりを提示してるものね!」


 知らなかったのかとは言わず、首を縦にふっておく。


「早く行かないと手がかりが入手できないといった制約はないはずです」


 と静江さんがここで会話に加わる。


 元春老人のメイドとして参加者をもてなし、ルールについて話す役割も持っているのだろうか。


「ただし、謎を解いた景品については早い者勝ちですので、そういう意味で急ぐ方はいらっしゃいますね」


「景品?」


 静江さんの言葉に首をひねると、ニーナが呆れた顔になる。


「説明をろくに聞いてなかったのね。最初に謎を解いた人には腕時計、高級肉、スポーツカーの好きなものを進呈するのよ?」


「全然聞いてなかったな」


 俺は反省した。


「他のはともかく肉はちょっと欲しいかも」


 高い肉を千歳に調理してもらえば、きっと相当美味いだろう。

 時計や車は使わないだろうからいらないや。


「……光彦さんはやはりお肉希望ですよね」


 千歳は予想していたと小さくうなずく。


「もちろんだ。千歳がとってくれてもいいんだぞ?」


 単なる謎解きゲームなら、俺より彼女のほうがよっぽど期待ができる。


「お役に立てるかどうか」


 千歳はちょっと困った顔をした。

 いやというわけじゃないが、他の参加者の実力次第ってことか。


「君が勝てないなら諦めがつくぞ」


 千歳より優秀な人がいないとは言わないけど、この企画にたまたま参加してるとは考えにくい。


 運が悪かったと言うしかないだろ。


「とりあえず頑張ります」


「じゃあ、あたしと勝負する?」


 とニーナが訊いてくる。


「いや、君はいいのか? 主催者の孫なのに?」


 よく考えればルール的にいいのかと、今思い当たった。


「あたしが勝っても景品はもらえないって条件だけどね」


 えへへ、とニーナは笑う。

 そりゃそうだろうな、元春老人の身内なんだし。


「でも、あたしが勝てたらあなたたちに譲るようにおじい様に頼んであげる!」


 とニーナが言い出す。


「いいんですか?」


 俺が訊いたのはもちろん静江さんだ。


「問題ないと思いますよ。元春様はとてもお嬢様を大切にしていらっしゃいますから」


 返ってきたのは苦笑まじりの答え。

 とっくに予想できていたことだけど、元春老人はニーナに相当甘いらしい。


「そういうことなら……うん?」


 事件があったという設定っぽい部屋の前に来たら、どうも先着した人たちの様子がおかしい。


「旦那様!? 元春様!」


 執事の人が必死に声をかけてるのは演技だとして、何で参加者の人たちが真っ青になったり震えてるんだ?


「……ニーナ、こういう演出なのか?」


 と知ってそうな子に確認する。


「知らない。静江は?」


 ニーナは不思議そうな顔で専属メイドに話を振った。


「いえ、たしかに第一の犠牲者役を旦那様が務めるのは光翼寺様の台本ではあるのですが、このような演出はないはずです」


 台本や演出を知らされていたらしい静江さんまでもが、変な顔をしている。

 いやいや参加していた津久田、意外とノリノリだった鷲沢の姿がない。


「今すぐ警察を呼べ!」


 と思ったところでその津久田の怒声が響く。

 猛烈にいやな予感が俺に襲いかかってくる。


「ニーナと静江さんはここにいて。千歳、行くぞ」


 外れていて欲しくてたまらない。

 祈るような気持ちで人をかき分ける。


「はい」


 千歳もピンと来ていたのだろう、驚きもせずにあとをついてきた。

 広くて豪華な部屋の中で元春老人の体がある。


 両目はカッと見開かれていて、口からは血がたれていて、胸には深々と剣が突き刺さっていた。


 その近くで津久田と鷲沢がおり、現場を保存したり調査をはじめたり、使用人たちに指示を出している。


 ……いやな予感は当たってしまったらしい。

 被害者役を務めるはずだった元春老人が、本当に殺されてしまったのだ。

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