第38話「光彦は慎重にやりたい」

「関係者から順番に話を聞いていくか」


 と津久田は言ったあと、鷲沢に顔を向ける。


「捜査チームはいつ到着する?」


「執事の千崎さんが連絡をとっているはずですが」


 二人の表情からいやな雰囲気が生まれかけていることを察した。

 想定外のトラブルのせいで、まともな捜査ができない時に感じる気配に似ている。


「失礼します」


 タイミングよく千崎さんがやってきた。

 顔色が悪いのは事件のせいだといいんだけど。


「ああ、千崎さん。それで返事はどうでした?」


 津久田の問いに千崎さんは首を横に振り、


「連絡設備が壊されておりました。現在、島の外と連絡とることができません」


 と声を震わせながら通達してくる。


「何だと!?」


 津久田は目を見開き、俺と千歳と鷲沢はほとんど同時に自分のスマホを取り出した。


「通信障害……」


 圏外になっていて電話もメッセージアプリも使えない。


「犯人の仕業かしら。偶然という可能性は否定できないけど」


 と鷲沢が独り言をつぶやく。

 津久田の視線がこっちに向いた。


「どっちかはまだわからんが、異能だった場合はどう考えられる?」


 素早く切り替えて俺に参考意見を求めてきている。


「断定はできませんが、物質を移動させる能力で説明はできますね。物体を設備にぶつけて破壊できるはずです」

 

 これだとちょっと妙な点があるんだけど。


「なるほどな。だが、事件が発覚するまで誰も通信障害に気づかなかったのは妙じゃないか? 今の時代に誰一人スマホを触ってないタイミングがあったとでも?」


 と津久田が指摘する。

 さすが警部になっただけの人はあって同じ疑問を持っていたようだ。


「千崎さん、屋敷の人の休憩スケジュールはどうなっていますか?」


 と鷲沢が千崎に訊く。


「休憩は45分ずつ交代でとる仕組みです。イベントがはじまったタイミングでも、三人ずつ順番に入っていたかと」


 千崎さんは即答する。


「その辺も含めて話を聞く必要があるな」


 と津久田がうなった。

 元春老人が生きてる姿を最後に見た人は誰なのか。


 通信障害が起こったタイミングを特定することは可能なのか。


「ひとまず使用人たちを集めてもらえますか」


 と津久田が指示を出す。


「……ニーナお嬢様はいかがいたしましょう」


 沈痛な面持ちになった千崎さんが訊く。

 

「あの子も呼ばないとダメでしょうな」


 津久田がいやそうに言う。

 遺族から話を聞くってのはしんどいよなぁ。


 逃げるわけにはいかないんだけど。


「かしこまりました」


 千崎さんも予想はしていたらしく、目を伏せて承知する。

 彼が姿を消したタイミングで鷲沢が、


「光彦くん、外に連絡する異能はないの?」


 と訊いてきた。

 彼女のアイデアに津久田はハッとする。


「お二人に許可をもらえたら使いたいのですが」


 と俺は言う。


 別に隠していたつもりはなく、ただ警察の二人以外には黙っていたほうがいいだろうと判断したのだ。


 今のところではあるけど、俺にとっては障害にはならないだろう。


「ああ。許可しよう。もちろん、この四人だけの秘密だけどな」


 と津久田が言う。

 四人だけになった瞬間を狙って鷲沢が言い出した意図を、彼も察していたらしい。


「犯人は驚くでしょうね。通信障害を作ってるのに、警察がやってきたら」


 と千歳が言うと、


「本当にこいつが外部と連絡とれたらの話だがな」

 

 津久田がいやみな言い方をして鼻を鳴らす。


「まあ俺より強い異能使いだったら無理かもしれませんね」


 俺が肩をすくめると、鷲沢がクスッと笑う。


「よく言うわね。あなたの異能は最強等級【エクシード】でしょう?」


「謙遜も過ぎたらいやみだぞ」


 と津久田が追撃を放ってくる。


「【エクシード】だから最強とはかぎりませんよ」


 うぬぼれは危険だと答えて、俺はいつものをはじめた。

 大丈夫なのか否か、試してみなきゃわからないからだ。


「天に輝く十の星の輪、地に座す七つの王冠。結びて起これ。悪魔の劇場(グランギニョル)」


 まずは自分の異能を発動させて、次に今回の状況に適してそうな能力を選ぶ。

 【必要な時はそばにいる(イマジナリーフレンド)】。


 俺にそっくりな分身が生まれたので、千歳以外の二人が目を丸くする。


「何だそれ? ドッペルゲンガーを作る能力か?」


 と津久田が訊く。


「ある程度の自律行動ができ、空間をすり抜けることが可能な自分を作るんです。こいつならたとえ犯人が空間遮断をしていても、気づかれずに行動できます」


 他の能力だと空間干渉を突破する際、犯人に気づかれてしまうかもしれないけど、こいつなら心配はいらない。


「なんて便利な能力なの」


 と鷲沢が感心する。


「もっとも戦闘力は皆無なんですけどね」


 と俺は弱点を明かす。

 俺はもちろん、小学生低学年にも喧嘩で負けるレベルで弱い。


 犯人に気づかれたら何もできずに消滅してしまうだろう。


「この島と東京はフェリーで二時間ほどだったはず。こいつなら30分くらいで行けますよ」


「……まあ深くは聞かないが」


 と津久田が言ったのは空を飛ぶのか、海の上を走るのかという点だろうか。

 

「この能力を知ってる人間が警察にもいるのね?」


 と鷲沢が確認してくる。


「ええ。だから今から向かわせれば、明日には警察が到着するはずです」


 と言うと、もう一人の俺はするっと部屋の外に消えた。

 

「……警察が来て、動揺した者が怪しいな」


 と津久田が言ったものの、本人も期待してなさそうである。

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