第29話「ニーナは寂しい」

 俺たちが案内されたのは関係者以外立ち入り禁止の区画だった。


「しず、お茶を人数分お願いね」


 まずニーナは静江さんに言いつけ、それから俺たちをふり返る。


「あたしの部屋にようこそ! 歓迎するわ。だってあなたたちは初めてのお客さまだもの」


 ニーナは満面の笑顔で言って、俺たちに椅子をすすめた。


 内装は女の子らしい華やかなもので、置かれている調度品は高そうなものばかりだった。


 向かって奥の扉の向こうはおそらく寝室だろう。

 こっちの部屋はさしずめ応接室兼リビングと言ったところか。


 人をダメにしそうなソファー、立派な机、高そうな絵画を見て推測する。


「しずも一緒に飲みましょう?」


「それはなりません、ニーナ様」


 ニーナの提案をクールに断り、静江さんは背後に回った。


「二人からも頼んでくれない?」


 彼女は俺たちにすがるような視線を向けてくる。


「困らせるのはよくないよ、ニーナ」


 と俺は静江さんの味方をした。


 俺も千歳も気にする性格じゃないんだけど、周囲に発覚してまずい立場になるのは静江さんだろう。


「ニーナさんから信頼されているのをいいことに……なんて静江さんが言われてしまうかもしれませんよ」


 千歳は優しくニーナに言って聞かせる。


「そっかぁ……ごめんね、しず。そこまで気づかなくて」

 

 俺たちの言葉でニーナはようやく悟ったらしい。

 残念そうにしながらも、背後の静江さんに詫びる。


「いいえ! めっそうもございません」


 と静江さんは答えるが、ほっとしているのが読み取れるな。

 女性の様子をうかがうのは失礼なので、意識をすぐに外す。

 

 ニーナは気を取り直してお茶を飲み、俺と千歳に視線を戻した。


「ねえねえ! 外のお話を聞かせて!」


 とせがんでくる。


 何を話せばいいのかという問題もあるけど、そもそも会話なら千歳のほうがずっと上手い。


「千歳に任せてもいいか?」


「かしこまりました」


 千歳は微笑んで応じる。

 ニーナの視線が彼女に移ったところでさっそく話しはじめた。


「そうしてわたしたちは事務所に戻ったのです」


 千歳の表情は優しく、口調は柔らかい。

 友達とおしゃべりしてると言うよりは、年下の子に寝物語でも聞かせてるようだ。


「へえ、そんな話があったのね!」


 ニーナにはそれがよかったのか、熱心に食いついている。

 彼女に千歳が聞かせたのは俺たちが巻き込まれたちょっとしたトラブルだ。


 守秘義務のかねあいもあって探偵業の話はできないのだけど、ニーナは今のところ満足してくれている。


 もしかしたら単純に刺激に飢えているだけなのかもしれない。


「ねえねえ! 光彦! 光彦は何かないの!?」


 とニーナが訊いてくる。


「俺かぁ……俺が話せることは千歳も知ってるし、千歳がしゃべるほうが聞いてて楽しいと思うぞ」


 俺は苦笑しながら答えた。

 ストーリーテラーとしての才能も千歳のほうが上なんだよなあ。

 

 天は二物を与えずってウソだろうと千歳を見ると思ってしまう。


「ええー?」


 ニーナは不満そうな声をあげたものの、すぐにハッとする。


「もしかして二人ってずっと一緒なの!?」


 何やら勘が働いた様子だ。

 女の勘ってこわいからなぁ。


「子どもの頃のつき合いだからな。初めて会ったのは六歳だったか?」


 と俺が首をひねると、


「五歳ですよ」


 千歳が微笑とともにやんわり訂正する。

 

「五歳だったか。十年と少しのつき合いなんだよな」


「はい」


 こっちのほうは正解だったらしく、彼女がゆっくりとうなずく。


「へえ、いいなぁ」


 ニーナが目を輝かせ、どこかうっとりとした表情で言う。


「何かイシンデンシンっていうの? お互いのことよくわかってるみたい」


「何となくはわかるかな」


 俺は否定しなかった。

 千歳は感情を隠すのが上手いので、読みとるのは割と苦労するんだけど。


「光彦さんはわかりやすいですよ」


 と千歳がクスッと笑う。

 これはからかってる時の表情だ。


「うん、自覚はある。千歳が鋭いってのもあるけどな」


 否定はできないので素直に認める。


「わたしにもそんな人がいたらなぁ」


 とニーナがさびしそうな顔でつぶやく。

 孤独な本音が浮かび上がり、俺はとっさに言葉が出てこない。

 

 静江さんも背後でそっと目を伏せる。

 彼女がなってくれるのが一番だと思うけど、なかなか難しそうだ。


 となると。


「俺たちじゃダメかな?」


 と俺はニーナに訊く。


「えっ……?」


 彼女は予想していなかったのか、きょとんとする。

 

「俺たちと友達になれば解決だろう」


 ニーナに言い聞かせるように俺は言った。


「素敵なアイデアですね」


 千歳は笑顔ですかさず賛同してくれる。

 彼女が味方ならとても心強い。


「い、いいの?」


 ニーナはどこか不安そうに訊いてくる。

 

「ああ、もちろんだよ。な、千歳」


「はい。わたしたちとお友達になりましょう」


 と千歳は言って立ち上がり彼女に握手を求めた。


「え、う、うん」


 ニーナはおっかなびっくりに握手に応じる。


「じゃあ俺も」


 俺も千歳にならって彼女と握手すると、


「ようございましたね、お嬢様」


 背後で見ていた静江さんが目尻に浮かんだ涙をそっと指でぬぐう。


「うん、勇気を出して話しかけてよかった」


 ニーナは心底ほっとしていた。

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