第28話「大徳王ニーナは話したい」
「気が向いたら参加してみてくれ。光翼寺先生の力を借りて、なかなかの仕上がりになると自負しておる」
とだけ言って元春老人は俺たちを解放してくれた。
まあ忙しいのだろう。
ホテルの外に出たところで大きく背伸びをして、隣の千歳に話しかける。
「びっくりしたな。じいちゃんは知り合いが多い人ではあるけど」
探偵業を数十年やってただけあって、顔はかなり広いはずだ。
まあ俺が直接顔を知ってる人はあんまりいないんだけど。
「偶然ってあるものですね。このホテルもそうですけど、実際にお会いするチャンスがあるとはかぎらないでしょうから」
と千歳も驚きを口にする。
「ところで千歳はミステリー企画に参加してみないか? きみならいい線いけるだろう」
俺は歩き出しながら言った。
ひいき目が入ってる可能性は否定しないけど、実際千歳は推理力を備えていると思う。
勝てると断言するのはためらわれるものの、光翼寺や元春老人から一目置かれるくらいはできるかもしれない。
「光彦さんが興味ないなら、参加するつもりはないのですけど」
千歳は困惑した面持ちで答える。
「なら二人で参加してみるか? どうせ夜だってやることないしな」
ホテルに泊まる以外、俺たちの予定は白紙だった。
ホテルでのイベントを入れても何の支障もない。
「はい、それならぜひ」
千歳に笑顔が戻る。
「ホテルに戻ったら頼んでみようか」
「はい」
俺たちはゆっくりホテルの近くを道なりに時計回りで歩いている。
人影も車の通りもまったくない。
ホテル関係者以外に住んでいる人がいるのか、怪しくさえある。
「ニーナだったか。元春さんの家族も暮らしているのかな? そのわりには何も見当たらないな」
と俺は疑問を口にした。
「少なくとも従業員の生活基盤はあるはずですよね。もしかしたらすべてホテルや寮などでまかなってるのかもしれませんけど」
千歳が答える。
なるほど、俺が見てないエリアだって当然あるんだろうし。
ゆっくり一周してきたところで、さっき別れたニーナと同じメイドたちと遭遇する。
「あっ、あの時の二人!」
ニーナの瞳がパッと輝いた。
背後のメイドの表情から察するに、別に俺たちのことを探してたわけじゃなさそうだ。
「たしかニーナさんでしたね」
と千歳が愛想よく対応する。
「そうそう! 名前を聞けなかったけど、今はいいわよね!」
ニーナは言ってメイドをふり返った。
「ええ。旦那様の許可は出ましたから」
俺たちより多少年上と思われるメイドは、疲れ切った表情で認める。
わがままなお嬢様にふり回され、気苦労のたえない日々を送ってそうだ。
「わたしは烏山千歳。こちらは幡ヶ谷光彦さんですよ」
千歳が名乗りつつ俺のことも紹介してくれる。
「千歳と光彦ね。よろしく!」
ニーナの笑みは無垢な天使のようだった。
「二人は何をしていたの?」
「夜まで散策していたんだよ」
なぜか彼女の視線がこっちに向いたので、俺が質問に答える。
「そうなんだ! よかったらあたしが案内しましょうか?」
ニーナは名案とばかり手を叩いた。
「……そうだな」
せっかくの厚意を無下にするのも悪いと思ったので、少しだけ考える。
正直、この島を案内してもらうよりは話を聞いてみたい。
横目でちらりと千歳を見ると、
「わたしたちにはわからないことが多いので、教えていただけますか?」
彼女は優しくニーナに問いかける。
「そんなことでいいの? 何でも聞いて!」
ニーナは嫌がらず、薄い胸をとんと叩く。
どうやら俺たちに頼られ、力になるのがうれしいようだ。
「この島で暮らしてるのですか?」
とまず千歳は訊く。
「ええ! おじい様とあとはしずたちと!」
ニーナが笑顔で応えたところで、
「初めまして烏山さま、幡ヶ谷さま。土屋静江と申します」
背後にひかえていたメイドがぺこりとあいさつをする。
「しずはね、わたしのお姉さんみたいな人なの!」
ニーナが楽しそうに話すと、
「恐れ多いことです」
と静江が恐縮した。
ニーナのほうは姉のように慕っているけど、静江のほうは使用人として一線を引いているってところか。
「おじいさんとニーナと静江さんと、三人暮らしかな?」
と俺が訊くとニーナはこくりとうなずく。
やっぱり彼女の中じゃ静江さんも家族なんだな。
「家はどのへんにあるのでしょう? ホテルの中でしょうか?」
と千歳がたずねると、
「よくわかったわね。そうよ、ホテルで暮らしてるの!」
ニーナは目を丸くして認める。
千歳の予想がずばり的中したか。
「ところであたしからも二人に訊いてもいい?」
と彼女は可愛らしく小首をかしげる。
「わたしたちに答えられることでしたら」
千歳が微笑みながら返答した。
「じゃあ、あなたたちのことを聞かせて!」
ニーナは期待に満ちあふれた表情で言う。
外の情報や刺激に飢えているのだろうなと判断する。
千歳がちらりと俺を見て、判断をあおいできた。
「そうだな。話してもよさそうなことなら、俺たちが話そう」
こちらだけ一方的に教えてもらうのはあまりよくない。
彼女が知りたいと思ってることを、言ってもいい範囲で話すのが筋だろう。
「そう? じゃあ、あたしの部屋に来ない? 招待するわ!」
とニーナは提案してくる。
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