第27話「思いがけない出会い」

 緋色館の内装は外観と同様に西洋風で、落ち着いたものだった。


「趣があっていいな」


「同感です」


 と千歳は微笑む。

 派手なのが苦手な俺たちには好ましい。


 チェックイン手続きは一応俺が代表としておこない、202、203のルームキーを受け取って片方を千歳に渡す。


 エレベーターは幸いすぐに来て俺たちは部屋に移動した。


 どちらもシングルで広さは18㎡で、ビジネスホテルみたいな設備だけど、トイレが独立してるのがちょっとうれしい。


「このあとどうなさいますか?」


 俺の部屋で落ち合い、千歳が訊いてくる。


「個人的には何もしたくないんだけど、千歳はどうしたい? 散策くらいならつき合うよ」


 と俺は答えた。


 今回は1泊2日だし、ホテルでのんびりゴロゴロするのも悪くないんじゃないかと思う。


「そうですね。せっかくなのですし、ホテルの周りを軽く散策するのはいかがでしょう?」


 千歳は自分の希望に沿いつつ、俺の負担が少ないことを提案してくる。


「ああ、すまないな」


 俺に合わせてくれたことを詫びると、


「いえ、わたしも観光という気分ではなかったのでお気になさらず」


 千歳はいつもの優しい微笑で応えた。

 我慢しているときの顔じゃないのでちょっと安心する。


「じゃあ夕飯までちょっと歩こうか」


 夕食はイタリアンで18時半に指定済みだ。


「はい」


 千歳も俺も動きやすいようにジーパンである。

 ホテルのレストランにドレスコードの指定がなかったので、ちょうどいいだろう。


「スマホの充電だけちゃんとやらないとな」


 千歳はともかく俺だとスマホなしで、ホテルに戻れない可能性が高い。

 彼女だって土地勘のない場所で迷うなというのは難しいだろう。


「さきほど100%にしておいたから大丈夫ですよ」


 千歳は微笑みながら自分のスマホ画面を見せてくる。

 

「さすが千歳だ。ソツがない」


 行き当たりばったりが多い俺とは大違いだと感心した。

 

「そういうわけで出発するか!」


「はい」


 一人だと言わなかったけど、千歳は期待通り呼応してくれる。

 ホテルのロビーまで行ったところで光翼寺を見かけた。


 彼女以外には数人の男女がいて、うち一人は眼光の鋭い小柄な老人である。

 ミステリー企画の話をしてるとしたら、あの人が大徳王元春さんかな?


「あら探偵くんたち」


 光翼寺は目礼をして通り過ぎようとした俺たちに話しかけてくる。

 おかげで他の人たちの視線もこっちに飛んできた。


「ほう、探偵なのか」


 興味ありそうな声を発したのは小柄な老人で、見た目から連想できるように低くて渋い声だった。


 さすがにこの状況で無視して行くわけにはいかないよなあ。

 面倒なことになりそうだとため息をつきたくなるのを、我慢して対応する。


「初めまして、幡ヶ谷光彦と申します」


 と言って名刺を老人に差し出す。


「幡ヶ谷だと……?」


 老人は名刺を受け取ったと、じろじろと無遠慮に俺の顔を見回した。


「幡ヶ谷昭彦とどことなく似ておるな」


 と言われて内心ギョッとする。


「昭彦なら祖父です」


「何だと!?」


 老人も驚いたようだったけど、俺のほうだってここで祖父の名前が出たことに驚きだった。


 探偵としての長い経歴から知り合いが多いことは知っているけど、こんなピンポイントで遭遇するとは思わないじゃないか。


「あの昭彦の孫か……あやつめ、孫が生まれたと知らせてきたくせに、写真の一枚もよこさなかったからのう」


 と老人はふるふる体を震わせる。


「ああ、いかにも祖父がやりそうなことですね」


 うちの祖父はアバンギャルドとかエキセントリックとか、そういった言葉が似合う性格なのだ。


 もっとも祖父の経済力と社会的信用のおかげで、俺と千歳は二人暮らし状態でも平気なので、あんまり悪くは言いたくないのだけど……。


「わかるか! さすがあいつの孫! おっと、名乗ってなかったな」


 老人は俺と固く握手をしたあとでハッと我に返る。


「ワシは大徳王元春という。このホテルのオーナーをやっておる。よく来た、昭彦の孫とその連れよ」


 と言ってちらりと千歳を見た。


「初めまして、烏山千歳と申します。光彦さんの弟子を務めております」


「うむ」

 

 元春老人はうなずいたものの、彼女には興味を持たなかったらしく、すぐに視線を俺に戻す。


「せっかく来たのだ。今夜やる予定のミステリー企画に参加してみんか? 参加者の一人や二人、増えても支障はなかろう」


 と言って元春老人は光翼寺をはじめ、関係者らしき人たちに鋭い視線を向ける。


「たしかに参加者が二人増える程度じゃ変わらない気はしますけど」


 と光翼寺が認めると、


「でも探偵なんですよね? 若いですけど……大丈夫かな?」


 と彼女の近くにいた三十代後半のスーツを着た男性が首をひねった。


「ちょっとそれどういう意味? わたしの謎、探偵には通用しないってこと?」


 光翼寺がじろりとその男性をにらみつける。

 

「まあまあ」

 

 と男性がなだめにかかった。

 元春老人がにやりと笑って俺に訊いてくる。


「自信のほうはどうじゃ?」


「ありません。謎解きは専門外です」


 正直に申告した。


 俺の専門は異能を使った異能犯罪捜査であり、普通の事件や謎解きは完全に苦手である。


「ふむ、昭彦の孫だからな……ありうるか」


 と元春老人はあっさりと納得した。


 祖父の知り合いなら、祖父が異能使いだと知ってたり、俺の専門も見当ついたりするのかな?

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